「般若心経入門」 大城立裕


 ボクは子供の頃から、僧侶や大人達が意味もわからぬお経をありがたがって読んでいるのが不思議でならなかった。そしてこの疑問は、現在でもなお抱き続けている。

 ボクにも一時期「般若心経」の意味を理解しようと試みたことがあった。「般若心経」の入門書や解説書はたくさん出回っていたが、最初に読んだ本が、般若心経の言葉と日常体験とを安易に結び付けようとしたものであったので、それ以後はこの種の本には見向きもしなくなった。また、学術的な本も「般若心経」の思想そのものを解読してはいないように思った。

 例えば、岩波文庫の「般若心経・金剛般若経」には現代語訳があるが、ボクはそれを何度読んでも納得できなかった。「物質も精神もすべて実体のないものであると達観して」(照見五蘊皆空)が、具体的にどういうことなのかよくわからなかった。ともかく当時のボクにとって、仏教思想とは訳がわからなくて、やたら難しいものであった。

 このことは、キリスト教の聖書と比較すると一目瞭然である。信じる信じないは別として、小学生でも理解できるような口語体に訳されている。若者が仏教を嫌悪し、キリスト教に親近感を覚えるのも無理はない。仏教界がこのような無気力状態にあるものだから、そのスキをかいくぐっていかがわしい新興宗教が台頭してくるのである。「般若心経」には仏教のエッセンスが凝縮されているというのであれば、仏教学者は一刻も早く一般人にも理解できるような解釈をすべきだろう。

 それでは、本書の内容に関して、いくつかの問題点を指摘しておきたい。
 先ず、仏教用語には実にたくさんの数的分類が出てくることであるが、大城氏はこれを「ありったけ数で森羅万象が分類されている感じではないか、そうして、これだけの概念を全部そろえてしまえば宇宙の像がまるごとあらわれるのではないか」と評するが、ボクにはチョット疑問である。ある概念の呼称を何故「数」に代用させようとしたのか、そして何故数え切れないくらい多数の数的観念を創出せねばならなかったのか、もう一度考え直してみる必要がある。

 ボクの記憶が正しければ、確か和辻哲郎が「風土」の中で、その原因として思惟能力の論理性の欠如を説いていたように思う。それだから、ボクとしては大城氏のように「私はそこに、科学と超科学との全き融合の世界を感じとり、宇宙実存を一挙に認識する方法はそこにしかないような気もする」と楽観していることはできないのである。

 また、おびただしい数の大乗教典が創作された件に関してであるが、大城氏はこれを「このようにして生まれた大乗経典は、すべてブッダの存在と行為という単一なる本源を無限の側面から解釈したものにほかならない」と説明している。だが梅原猛は、仏滅後数百年を経でもなおブッダの名において無数の経典が作成されたことについて「それはインド人特有のズボラさであろうか」(地獄の思想)と評している。

 その上、中国においても多くの中国訳の経典が生まれたが、その多くは意訳であり、しかも中国人は頑固な中華思想により、ほとんど原典を顧みようとしなかったので一層混乱の度を深める結果になった。こうして、相矛盾する経典の中で「どれが一体ブッダの真説なのか」と後世の修行者を大いに悩ませたのである。しかし、ヨーロッパの近代文献学に基づく仏教学は、ブッダの真説はこれまで小乗としていやしめられてきた阿含や律部にあることを実証し、そのため大乗非仏説なるものすら生じたのであった。

 それに宗派の発生については、渡辺照宏が「日本ではほとんど最初から中国の宗派仏教を伝えているが、インドではこのような組織はなかったのである」(仏教)と論じている。つまり、宗派の発生原因は、中国人の国民性によって説明されるのである。このような理由から、ボクとしては大城氏のように「宗派の多様性そのものが、ブッダの偉大さを示していると見ることもできる」と自画自賛して喜んでばかりいられないのである。

 本書の中で最も感動的な個所を挙げるとすれば、それは大城氏と般若心経との出会いである。大城氏は、新井石禅著「般若心経講義」という本を読み「眼からウロコのおちる思い」を経験したという。「思想の行きづまりで息がつまっていたのが急に呼吸が通るようになった、といえばよいのであろうか」とも表現している。これは、他人がおいそれとうかがい知れぬ部分であるが、裏を返せば大城氏自身、敗戦後の虚無状態の中で必死に何ものかを追い求めていたということだろう。そして、般若心経と岡本かの子の文学によって、仏教に心ひかれるようになっていった。

 また、次のような体験も紹介されている。彼が結婚後間もなく大病を患って入院していた時、般若心経を紙に書いてもらい、それを目読していたというのである。見舞客は「大城君は経文などを貼ってあるところを見ると長くないのかもしれないな」とささやき合っていたというが、当の本人は般若心経を読むことによって、目分の生命力が宇宙全体に広がってゆくような充実感にひたっていたのであった。

 人生の危機を般若心経と共に乗り越えてきた大城氏には、般若心経の一字一句が一種の霊力となって、全身の細胞のすみずみにまで浸透しているのかもしれない。大城氏が人間存在の意味を不断に問い続ける背後には、このような並々ならぬ人生体験が存在していたのである。


(1982)

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