デカルト「情念論」 


 有名な「我考う、故に我有り」を発見した合理主義者のデカルトが、経験主義的色彩の濃い「情念論」を書いたということが、ボクには信じられなかった。逆に言えば、それだけボクがデカルトに無知だったということであり、世間に流布する固定観念を真に受けていたことになる。そして、やはり後世に名を遺す大哲学者ともなれば、あらゆる人間的事象を視野に組み入れて自己の思索を展開しているのだなと、改めて思い知らされた形となった。

 ところで「情念論」を読んで気付くことは、ここに東洋哲学との類似点を見い出すことである。デカルトは「これらの情念は、それが刺激する欲望の媒介によらなくては、我々をいかなる行動にもおもむかしめないのであるから、心して統制すべきは特にこの欲望であり、またその点にこそ道徳の主要な効用が存するのである」と「欲望」の重要性を説いているが、これはブッダ(釈尊・世尊)の教説に通じるものである。

 ブッダは、鹿野苑における初転法輪において「誕生は苦悩であり、老は苦悩であり、病は苦悩であり、死は苦悩である。憎らしいものに遇うことは苦悩(怨憎会苦)であり、愛するものと別れることは苦悩(愛別離苦)であり、欲しいものが手に入らないことは苦悩(求不得苦)である。要するに、人間的存在を構成するあらゆる物質的および精神的の要素は苦悩である」と人間存在そのものが苦悩であると説き、その原因を「欲望」(欲愛=官能的欲望、有愛=生存への欲望、無有愛=生存の断絶への欲望)であるとした。

 従って苦悩を克服するには「欲望をのこりなく滅ぼし、断念し、放棄し、解脱し、執着しないこと」であって、それを実現するための実践的方法として「八正道」(正しい見解、正しい決意、正しい言葉、正しい行為、正しい生活、正しい努力、正しい思念、正しい瞑想)を示したのである。

 そこで、このような仏教哲学の基本理念をデカルトの哲学体系に当てはめてみると、それは彼の経験主義的研究(情念論)に対応するものであり、それをより実践化したものと言えよう。だがここには、デカルトの形而上学的思索はみあたらない。これは、ヘーゲルの「哲学史序論」における東洋哲学評価「精神は、この形態においては意識と意欲の両面をもちながら、むしろ単に欲望的である。それ故に自意識は、なおその最初の段階に立っている」と一致するものである。

 つまり、ここで明らかなことは、人間存在を精神と身体の合一を基本として解明しようとすれば、必然的に「欲望」の問題に行き当たるのである。だが、それは「欲望」の全面否定ではなく、心身のバランスを取ることであって、仏教用語で言えば「中道」だろうか。「情念論」の中にも、これに類する記述を見い出すことができる。

 例えば「我々は、情念がその本性上すべて善いものであること、ただその悪用や行き過ぎをさえ避ければよいのだということを知っているからである」などがそれである。そして、この心身関係を世界認識に拡張することによって、どのような思考様式が生まれるかと言えば、仏教に代表される転生輪廻や縁起説ではないだろうか。なぜなら、情念によって構成される現実的世界においては、絶対的なものは何一つ存在しない。我々の存在にしても、デカルトの形而上学に示される絶対性を有するものではなく、単に偶有的存在に過ぎない。万物すべて色即是空、空即呈色である。

 またデカルトは、エリザベト宛の手紙の中で、大変興味深いことを書いている。

「……勧めと申しますのは、精神をあらゆる種類の悲しい物思いから、さらには学問に関するあらゆる種類の真剣な瞑想から完全に解放すべきこと、また森の緑、花の色、鳥の飛ぶさま、そのほかいかなる注意力をも必要としないようなものを眺めて、自分は何一つ考えごとをしていないと思い込んでいるような人々に見ならうよう専心すべきことであります。かようにすることは時間の空費ではなく、善用であります。」

 ボクはこれを読み、即座に「正法眼蔵随聞記」の「心を放下し、知識・見解・解釈・理念を捨て去るとき、悟りは得られるのだ。霊雲志勤(れいうんしごん)禅師が桃の花を見て悟りを開き、香厳智閑(きょうげんしかん)禅師が石ころの竹に当る音を聞いて悟りを開いたというのも、やはり、体で悟りを得たのだ」という個所を思い出した。

 もっとも、それはデカルトの発案ではなく、医師の用いる常套的な精神療法かもしれないが、彼がそれを積極的に評価していることに注意すべきである。そしてこのことは、東洋の禅やヨーガに通ずるものを含んでいるのである。おそらく、空眩と蒼白い血色とによって若死を宣告されたデカルトにとっては、自ら自分自身の医師となる他はなく、常に心身を最良の状態に保つということを、終生に渡って実践してきたに違いなかった。

 このように、いろいろ思いめぐらせてみると、デカルトの思想的視野の広さに感嘆するばかりであるが、このことは、何よりも彼が自己の生き方を厳しく見つめ続けた証左なのであろう。

 最後に、アランの言葉を引用して締めくくりたい。

「私の眼にうつるデカルト、己れの心の最初の動きに従い、決断に富み、大旅行家で、あらゆる観物に好奇心をもち、常に何かを知覚する機会を逸すまいとする、そうしたデカルトは、単なる理性的精神は何ごとをも始めないということを、また我々の美徳や決意の、さらには我々の思想の、最初の出発点は自然的な衝動のうちにこそあり、しかもそれがただ一回だけそうなのではなく、永久にそうだということを、いかなる人よりもよく知りまた感じたのに相違ない」

( 「デカルト・パスカル」筑摩世界文学大系)


(1982)

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