『トランスクリティーク』 柄谷行人批評空間



■カントとマルクス 自在に結ぶ批判書
 カントの『純粋理性批判』は、合理的とされた人間の理性そのものが、幻想(仮象)をもたらす仕組みを明らかにした。一方、マルクスの『資本論――経済学批判』は、貨幣がモノの価値を計る尺度などではなく、人間生活を牛耳ってしまう幻想(フェティッシュ)であることを論証する。西洋思想史にそびえ立つ二つの批判書を縦横に結びつけ、かつ、絶え間なく視座を移動しながら、批判・吟味・再検討する。それが、本書の企図する「トランスクリティーク(批評)」だ。

 実際、本書に引用される“きら星”には目がくらむ。哲学者や経済学者は言うに及ばず、クーンら科学史家、ゲーデルら数学者、言語学者のソシュール、アーティストのデュシャンに聖書……。ジェットコースターに乗るように、当代随一の思想家の、思索の軌跡を見るぜいたくさが魅力だ。岐阜県のマリオさん(58)は「マルクスを論じた部分に共感した。最近の金融危機も含め現代資本主義の解説としてマルクスは分かりやすい」と感想を寄せた。

 本書で柄谷氏は「理論は、たんに現状の批判的解明にとどまるのではなく、現実を変える何か積極的なものを提出しなければならない」と書く。そして、資本主義を乗り越えていく可能性をいくつか提示する。だが、生協や国際協力NPOに長年かかわってきた神奈川県の本阿彌久仁子さん(57)は、「LETS(Local Exchange Trading System)はゆきづまった資本主義経済の救世主になるかもしれない。しかし活動の現場は時間、知恵、お金の持ち出しで疲弊しきっている」と手紙に書いてきた。

 本書が、世界を変えるマニュアル本であるわけがない。この本を手がかりに、個人個人が世界を変える行動をとる。それこそが正しい「トランスクリティーク」なのではないか。(近藤康太郎)

(朝日新聞 2010-6-6)



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