『道元禅師』 立松和平(東京書籍)



 貴族の家に生まれたが、幼少のころに母を失い、出家。宋に渡って修行に励んだ後、帰国して永平寺を開く……。親鷺や日蓮と違い、道元は鎌倉仏教の開祖の中でも小説や映画になりにくかった。その人物の生涯を描いた、立松和平さんの大作が『道元禅師』だ。

 50冊選定のアンケートに答えたノンフィクション作家の久田恵さんは、「思想とは観念ではなく、どう生きてどう死ぬかなのだという思いが、道元の生涯を読み通すことで、ひしひしと伝わってきます」と評した。難解とされる道元の思想を、『正法眼蔵』などを丁寧に読み解き、あくまでその生き方を通して明らかにする。

 偏界曾て蔵さず(この世界のすべてはなにも隠すことはなく現れている)
 只管打坐(ただひたすらに坐禅をして、心の働きの道理を明らかにしたなら、あとには一文字も知らなくとも、人に教え示すのに使い尽くせない)
 月光は万象を呑む(月光のように、仏の教えは万象を呑んでいる)

 有名だが理解するのに困難な言葉の数々を、道元の生涯の節目節目に、ぽつりと置いてちりばめる。いかにも小説的な手法だ。
 読者の山梨県・植松正幸さん(63)は「偏界曾て蔵さず。すごい言葉だと思った」、岡山県の近藤武夫さん(62)は「歴史とからめているので、理解が深まる。広く仏教に興味を抱かせてくれた質の高い入門書。『正法眼蔵』がわかりやすく、それとなく書かれていて、何度も読み返した」と感想を寄せた。渾身の大作を書き上げ、立松さんが亡くなったのは今年2月。62歳の若さだった。

((近藤康太郎)

(朝日新聞 2010-10-3)



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