「100分で名著・般若心経」の衝撃
衝撃的だった。本書はNHKのテレビテキストであるが、ベストセラーになっているのを知り、さっそく読んでみだが、その内容は衝撃的だった。多くの読者もそうなのだろうか。
著者は、佐々木閑(ささき・しずか)氏。花園大学教授。読む前は、「般若心経」の内容を現代的に解釈してくれているものと期待していたが、実は「般若心経は釈迦の仏教ではない」という宣言だった。
「般若心経」は日本で最も人気のあるお経で、巷にはその解説書があふれている。写経する人も多い。著者はその現実に我慢ならなかったのだろう。「般若心経の本当の意味を知っているんですか」という問いかけであり、突き詰めれば「般若心経こそが釈迦の教えのエッセンスである」という巷の評価への反論である。著者の心中には「多くの日本人に本当の仏教に目覚めてほしい」という切なる願いがあるのではないのか。
「般若心経」の中に決定的な語句がある。それは「無苦集滅道」という部分で、これは仏教の基本的な教理である「四諦」(しだい)を完全に否定している。有名な「色即是空」という言葉で世界を無化しただけではなく、「釈迦の仏教」までも無化してしまった。上座部仏教国のタイ・スリランカでは人気がないというのも当然のことだ。
「大乗非仏説」という言葉もあり、学問のレベルでは常識だったのかもしれないが、これほど明解に説いた文章を読むのは初めてだった。しかし、日本の仏教徒にとっては、宗祖(最澄、空海、親鸞、道元、日蓮など)の教えが中心になるので、特に相違が意識されることはないのかも知れない。
いきなり結論めいたことを書いてしまったが、著者の説く「般若心経」の人気の理由は次の5つ。
1.簡潔であること
大乗仏教のお経の多くは、大げさな修飾句とだらだらまとまりのない繰り返しを含んでいて読みにくい。「般若心経」は簡潔で数分で読み切れる。
2.短すぎないこと
簡略化はされているけれど、思想的な説明もキチンとされている。全体をみると「効能書き」と「薬剤」(ギャテイギャテイという呪文)のセットになっている。
3.全体構成の妙
シンプルにしてドラマチックな構成。観音菩薩が静かに語り始め、般若波羅蜜多の功徳を述べ、だんだん盛り上がり、最後に「ギャテイギャテイ」の呪文がきて終わる。
4.翻訳のみごとさ
「般若心経」はサンスクリット語で作られた正真正銘の仏教聖典。漢文に翻訳したのは玄奘三蔵。他にもいろいろ訳本があるが、日本で最も普通に読まれているのは玄奘訳。素晴らしい名訳。
5.個人の心を救済する
一人ひとりの救済を目指すお経。生き方を模索する現代人にマッチしている。法華経は国の安泰を説く。
著者は最後に「般若心経」への評価として、「呪文」として唱えることによる神秘の力の獲得をあげている。
日本人の多くは、檀家制度により何らかの寺院・宗派に属している。それはそれでいいだろう。しかし仏教徒を表明するなら、少なくとも「戒名」を付けてもらうなら、「本当の仏教」を学ぶべきではないだろうか。さしあたり「ダンマパダ」あたりから。それが著者のメッセージだと思う。
(参考までに)
■ひろさちや氏の現代語訳
ひろさちや氏の現代語訳には、そのことに触れた部分があったが、当時は読んでも自分には意味不明だった。
「そして、小乗仏教においては、
現象世界を五蘊(ごうん)・十二処・十八界といったふうに、
あれこれ分析的に捉えていますが、
すべては空なのですから、そんなものはいっさいありません。
また、小乗仏教は、十二縁起や四諦といった煩雑な教理を説きますが、
すべては空ですから、そんなものはありません。
そしてまた、分別もなければ悟りもありません。
大乗仏教では、悟りを開いても、その悟りにこだわらないからです。」
■大乗非仏説
大乗非仏説(だいじょうひぶっせつ)とは大乗仏教の経典は、釈尊の説いたものではなく、後世に作られたものだという説。
中観派の開祖とされる龍樹は、その著書において、たびたび「大乗は仏教にあらず」という主張に対する反論を行なっている。 「宝行王正論」においては、「大乗は徳の器であり、己の利を顧みず、衆生をわが身のように利する」として大乗の思想を称賛し、 釈迦の根本教説を「自利・利他・解脱」とし、六波羅蜜は「利他・自利・解脱」を達成するものであるから仏説であると主張している。 また同書において、大乗を誹謗する者に対しては、忠告を行なっている。
日本の仏教界では、いずれかの宗派に属する僧侶でもある研究者は、大乗仏典は価値があり自分の信仰の基盤であることを認めた上で、文献学的考証に基づく仏教思想や経典の歴史的展開を事実として受け取っており、教団として出される布教文書にまで仏教思想の歴史的発展について記述する例も見られる。
この結果、歴史上の釈尊の教え、大乗仏教の教え、それの発展である宗祖(法然、親鸞、道元、日蓮、一遍…)の教えをどのように受け止めたら良いかの課題がある。ただし、一般の仏教徒にとっては、宗祖の教えが中心になるので、特に相違が意識されることはない。
(Wikipedia)
■アマゾンのカスタマーレビューの例
初めて般若心経が少し分かったように思いました
By あかちょうちん
これまで般若心経の解説本や現代訳を読んでも、まるで分かりませんでした。
しかし、この本は理解できました。難しい仏教用語の説明は少なく、やさしく説明してくれています。
「釈迦の仏教」と大乗仏教の「般若心経」の考え方の違い、そして般若心経の最も重要な個所・考え方を的確に教えてくれます。
※こういう感想が大多数なのだろうか?
(2012-12)
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