「北の十字軍」山内 進 講談社 



 あまたある文明のなかで、ひとりヨーロッパ文明だけが地球規模の拡大を遂げた。もちろんどのような文明も、普遍的なものになろうとする願望を秘めているのだろう。しかし、その願望を現実に成就したのは、やはりヨーロッパ文明だけだ。では、なぜヨーロッパ文明はそのように拡大するに至ったのだろうか。どのような歴史的条件に根差して、それは可能になったのだろうか。本書は、その疑問に答えようとする、遠大な試みの一環だ。

 著者は「北の十字軍」に注目する。十字軍とは、中世盛期に、異教徒に支配されたエルサレムを奪還するという大義の下に組織された軍事運動である。十字軍は、約200年のあいだに、7度にわたって組織された。しかし奇妙なことに、十字軍の中には、東方ではなく北方に進路をとったものもあり、東方への十字軍運動が終息した後も強い力を保った。それが「北の十字軍」だ。

 「北の十字軍」はエルサレムに向かわないのだから、その動機が聖地の奪還といった、センチメンタルな望郷心にないことは明らかだ。それはヨーロッパが非キリスト教的な異教世界の征服に乗り出した、最初の試みだった。征服事業は、その土地から軍事的、経済的利益を得ようとするのが普通だ。だから殺戮や略奪は、しばしばある種の節度を持ってなされる。

 しかし「北の十字軍」は違っていた。彼等は、その土地の人々に、キリスト教への改宗か、さもなくば死か、という二者択一を迫り、苛烈な破壊を繰り広げたのだった。その圧倒的なありさまの詳細については、本書をひもといてもらうしかない。

(琉球新報 1997-10-26)



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