第34回日本翻訳出版文化賞を受賞した山際素男さん



 「『マハーバーラタ』はアーリア人が西アジアからインド亜大陸に移住する歴史の過程を反映した世界最大の叙事詩です。十万詩節に膨大な神話、伝説、宗教、哲学が盛り込まれ、それを知らずにインド文化を語ろうとするのは、聖書を知らずにキリスト教を理解しようとするようなものなんです」(中略)

 「不可触民の道」「インド群盗伝」などの著書を通して早くから被差別カーストの窮状を報告してきた。「ダライ・ラマ自伝」も翻訳し、現在はインド在住30年の日本人仏教僧・佐々井秀嶺師の評伝を執筆中。その人が、ヒンズー教徒至上主義の叙事詩を翻訳するなんてという声もあったという。

 「確かにインド・カースト制の頂点に立つバラモン階級を神格化する観点が貫いていることは否めない。しかし、それだけじゃない。バラモンの宗教的倫理から逸脱するエロチックなエピソードやインダス文明をつくった先住民族との交流の痕跡、民衆の習俗、信仰、軍事、科学技術などがふんだんに盛り込まれている。そこが面白いのです」

 翻訳を終えた今、解けないなぞを抱えている。「マハーバーラタ」が物語として完成するまでに仏教が成立している。にもかかわらず、叙事詩中にブッダも仏教徒も全く痕跡をとどめない。
 「神々への敵対者として現われるアスラなどが仏教徒を想像させるだけ。編さん者は仏教を歴史から抹殺しようとしたかのようです。それほどまで平等主義を唱えた仏教を恐れたのでしょうか」

(琉球新報 1998-10-23)



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