キリスト教原理主義に揺れるアメリカ


 清教徒(ピューリタン)がいしずえを築いたアメリカは「自由の国」であると同時に、先進国では宗教色が濃厚な社会ともいわれる。米中枢同時テロ以後、ブッシュ政権の外交政策の基調にはキリスト教原理主義的な世界観も見え隠れする。唯一の超大国を理解する為に不可欠であるアメリカ宗教事情に注目したい。


《9.11後のアメリカの宗教と政治》

 なぜ「9.11」以降、ブッシュ大統領は「神」について声高に語るのか。これらの背後には、日本人には十分に理解されていない、「宗教国家」としてのアメリカの現実がある。

 「9.11」という国家的危機に直面したとき、アメリカは星条旗と「神」のもとに結集した。それに代わる国家統合のシンボルは、アメリカには存在しない。この「神」とは聖書の神であり、聖書の神を信じる人びとは、アメリカ国民の90%に達している。

 ブッシュ大統領が対テロ戦争で繰り返し主張している「自由」の実現は、アメリカ建国の理念であり、「独立宣言」に表現されている。「独立宣言」は、自由をはじめとする基本的人権は「創造主」(神)によってすべての人に与えられるものであり、それが抑圧されている人びとを解放することが、アメリカに与えられている使命であると信じている。アメリカのグローバル戦略の理念は、ここにあると言えよう。

 アメリカは人類史上、最初に政教分離を憲法に明記した国である。しかし、多様なアメリカを統合し、アメリカの行動に意味を与えているのは、このようなアメリカの「見えざる国教」である。
 ブッシュ大統領が「9・11」以降、演説で「神」やアメリカの「使命」について繰り返し語るもう一つの理由は、巨大な政治勢力としての「宗教右派」の存在だ。

 宗教右派は共和党の最大勢力であり、有権者の14〜18%を占めている。これはアフリカ系アメリカ人(黒人)の1.5倍にあたる。彼らは保守的価値観を政治に反映させるために、積極的に選挙活動を行い、必ず投票に行く人びとだ。大統領選挙の投票率が有権者の約50%であることを考えると、彼らの政治的影響力の大きさをうかがい知ることができる。

 彼らの支持を獲得できなければ、共和党の大統領候補になることはできない。彼らの影響力によって選出された人物が、世界における「唯一の超大国」の大統領として、世界の安全保障に決定的な影響力を発揮することを考えると、私たちはもっと真剣に宗教右派の実態を理解する必要があるだろう。
 宗教を抜きにしたアメリカ理解は、日本の国益を損なうことになるかもしれない。

(同志壮大学神学部長・森 孝一)


▲リベラル派から福音派へ
 50年代までは、プロテスタントのリベラル派がキリスト教会で主流と呼ばれてきた。しかし60、70年代に進んだ社会の世俗化への反動で、キリスト教を中心に米国を再建しようという保守的な福音派の勢力が拡大し、今や「新しい主流派」ともいわれるほどだ。

(リベラル派)
 時代の変化に適合した聖書解釈
 清潔で厳粛、簡素な雰囲気の礼拝
 インテリ風牧師の長い説教、教理も重視

(福音派)
 聖書に忠実、聖書の言葉が第一
 音楽も多用、分かりやすい礼拝
 テレビ、インターネットなど多様なメディア

▲福音派とは
 聖書は誤りのない神の言であると信じ、「再生」(ボーン・アゲイン)という霊的体験を重視する保守的なプロテスタント。難しい教義解釈よりも聖書を中心に信仰を直感的に信じるのが特徴。スタジアムなどでの大衆伝道やテレビ伝道などメディアを駆使した分かりやすく積極的な布教活動を行う。

▲原理主義者とは
 聖書の教義を政治に反映させるべきと考える福音派プロテスタントの最強硬派で米国では宗教右派とほぼ同義。神学的には1910〜1915年に米国で刊行された「原理主義者たち:真理への証言」という12巻の冊子が原点。「聖書根本主義」とも。

▲宗教右派の主張
 宗教右派の主な主張は、ブッシュ政権の外交政策などに色濃く反映。
世俗的な人間主義を批判…公立学校で祈祷の時間復活。進化論だけでなく「創造科学」を。
伝統的な家族を守る…人工妊娠中絶、同性愛を否定。
アメリカ第一主義…世界は善と悪の闘争、イラク戦争支持。イスラム諸国を敵視。
黙示録的な終末観…イスラエルは「神の子」。親イスラエル姿勢。

▲米国の主要プロテスタント教派
聖公会…米国における英国国教会のこと。伝統的に政財界のエリート層に多い。
長老派…スイスの宗教改革指導者、カルバンの流れをくみ長老制を採る。東部エリート層が中心。
会衆派…米国に移った清教徒(ピューリタン)の教派。個々の教会の独立、自治を尊重。
ルター派…宗教改革の祖、ルターに由来。ドイツや北欧移民に多い。
メソジスト派…18世紀に英国国教会から分離。社会的な活動に積極的。
バプテスト派…プロテスタントで最大教派。17世紀に英国国教会から分離。幼児洗礼を否定。
ペンテコステ派…「聖霊降臨」を強調する米国生まれの教派。恍惚状態で起こる「異言」(いげん)と呼ばれる現象を重視。テレビ伝道師の多くがこの教派で、信徒増加が最も著しい。

▲米大統領の所属教派
 歴代米大統領の所属教派はプロテスタントが圧倒的多数。WASP(白人でアングロサクソン系のプロテスタント)支配を証明した格好だ。20世紀初頭までは聖公会、長老派などの「主流派」教会が大部分だったが、南部バプテスト教会からもカーター、クリントン両氏が大統領になった。カトリックはケネディだけだ。

33代 トルーマン   北部バプテスト
34代 アイゼンハワー 長老派
35代 ケネディ    カトリック
36代 ジョンソン   ディサイブル派
37代 ニクソン    クェーカー(フレンド派)
38代 フォード    聖公会
39代 カーター    南部バプテスト
40代 レーガン    長老派
41代 ブッシュ(父) 聖公会
42代 クリントン   南部バプテスト
43代 ブッシュ    メソジスト(聖公会から宗旨変え)

▲ブッシュ大統領
 ブッシュ大統領は39才のときカリスマ的な大衆伝道師ビリー・グラハムの指導で「霊的再生(ボーン・アゲイン)」を体験、熱心な福音派キリスト教徒に。大統領に思想・宗教面で強い影響力を及ぼすのは熱烈なキリスト教原理主義者オラスキー・テキサス大教授だ。


(琉球新報 2004-5-18)

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