パッション



 血を見るのは苦手だ。キリストが処刑されるまでの最後の12時間を描いた問題作「パッション」の上映中、思わずスクリーンから目をそむけてしまった。リピーターの米国人が多いというのが信じられない。

 反ユダヤ主義をあおるという懸念を裏付けるようなデータを、米民間世論調査機関ピュー・リサーチセンターが発表した。「ユダヤ人はキリストの死に責任があるか」との問いに26%が「ある」と答え、97年の同種調査(19%)を上回った。特に30歳未満の若い世代では34%、黒人層では42%に達し、7年前の2〜3倍の増加が見られた。

 「パッション」を見た人はすでに米国人の5人に1人。これらの人々の間ではユダヤ人有責論は36%に上り、見ていない人(17%)との差は歴然としている。米国人の多くは、そんな極端な見解を否定しているものの、一部にくすぶる憎悪は米国社会の不気味な火種だ。
 ユダヤ教の過ぎ越し祭が始まった5日、ブッシュ大統領はユダヤ系の人々に向けた祝祭メッセージを発表した。毎年恒例だが、映画の波紋が広がる今年は、いつになく神妙に聞こえる。「ユダヤ要因」は大統領選にも直結するからだ。

 ケリー上院議員が民主党の大統領候補指名を確実にした直後、父方の祖父母がユダヤ系で親類2人がホロコースト(ナチスの大虐殺)の犠牲者だったというニュースが米メディアに唐突に流れたことがある。ルーツ報道にもきな臭さが漂う。
 8割以上の人がキリストの「復活」を信じている米国。「パッション」人気が新たな緊張を生み出さなければいい。

(北米総局) 

(毎日新聞 2004-4-9 東京朝刊)



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