国産OS「トロン」誕生から20年


 コンピューターを動かす国産OS(基本ソフト)のトロン(TRON)が、坂村健東大教授によって開発されて、今年はちょうど20年になる。

 世界市場での認知と成功までには、1980年代の日米通商摩擦で、米側の経済制裁を回避するため、パソコン向けOSとしての追求を一時断念したという苦節の歴史もあった。米側の圧力というより日本側の問題だったというが、この判断ミスがその後の産業界に与えた損失は、はかりしれない。

 パソコンブームで一時は産業界が潤ったが、次第に外国産パソコン(安価な電子部品)に押され、「日本には結局何も残らなかった」という落胆の声があがった。
 昨秋、パソコン用OSウインドウズで圧倒的シェアを誇るマイクロソフトが、トロンの推進団体「Tーエンジンフォーラム」の会員になり、大きな話題となった。


(坂村健東大教授へのインタビュー)

 現在、全世界で超小型コンピューター(マイコン)は約83億個ほど生産されています。そのうちパソコンに使われているのは、たった2%です。残りのほとんどはさまざまな製品への組み込みコンピューターとして使用されています。

 われわれのトロンは16ビット以上のマイコンの入った組み込みコンピューターでは、いま約60%のシェアを占めています。自動車のエンジン制御、携帯電話、レーザープリンターの制御など、さまざまな用途にトロンは使用され、世界で最も使われているコンピューターOSになりました。

 トロンは開発当初から「無料公開」を原則にしてやってきました。ただのものが、なぜ経済摩擦の対象と騒がれたのか、今でもわかりません。でもあれはアメリカより日本の問題だったんです。問題だったのは「内なる抵抗勢力」でした。日本の独自性を出すことに反対して、すべての情報処理やコンピューターは、グローバルスタンダードだからアメリカ製を使うべきだと主張する日本人がいるのです。

 日本は産業立国ですし、世界第二の経済大国。その国が何の発言もなく、アメリカのものを無条件に使えばいいという発想ではいけません。漢字をパソコンで打つと出てこない文字がありますが、これは英語中心の発想だからです。文字はその国の文化です。コミュニケーションの基礎になっているコンピューターも文化の重要な担い手。存在する文字はほとんど表示できるようにトロンは考えています。

 これまでもマイクロソフトと対立していたわけではないのです。われわれは、東大と世界の産業界が共同でつくる非営利団体です。21世紀のコンピューター社会にとって、望ましい技術標準の姿を、あらゆる団体や組織に開かれたフォーラム形式で話し合おうというプロジェクトで、それにマイクロソフトも加わったというだけなんです。

 われわれが目指していているユビキタス・コンピューティング社会が近い将来やってきます。あらゆる製品の中に超小型コンピューターやICメモリーが組み込まれ、どこでもいつでも人とコンピューターが情報のやりとりができる社会です。

 薬の誤飲をコンピューターが警告してくれたり、生鮮食料品の流通情報を購入時に詳しく教えてくれたり。部屋に誰もいなくなった状況を自動的に認識して、部屋の電源を切ってくれたりもするようになるでしょう。

 従来のコンピューターはバーチャルな世界というイメージでした。でも21世紀のユビキタス社会は、人とコンピューターが実際の生活の現場でリアルにかかわる世界になっていきます。その社会の実現に向けて、われわれのトロンが大きな貢献をしようとしているのです。


(琉球新報 2004-3-8)

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