ガザ地区からの撤退(イスラエル)



 入植地拡大を続けてきたイスラエルが、ガザ地区から撤退した。理由は、ガザ地区の経済的・軍事的負担の増大であった。シャロン首相は、「厄介者」の切り捨てを決断した。インティファーダ(反イスラエル闘争)は効果があったということなのか。
 イスラエルの人口の80パーセントぐらいはユダヤ人だろうと思っていたのだが、イスラエル・ガザ地区・ヨルダン川西岸のユダヤ人の人口比率は、初めて5割を切ったという。ということは、黙っていてもイスラエルは消滅するということ……?



《イスラエル、強制退去に着手(ガザ地区)》

 ガザ地区からの撤退反対を叫ぶ入植者の強制退去に踏み切ったイスラエル。1967年の第三次中東戦争で占領したガザを約38年後に手放し、領土拡大を安全保障の担保にしてきた同国は大きな転機を迎えた。入植者の父・シャロン首相による“約束の地”放棄の裏には、戦略的価値に乏しく、経済的・軍事的負担がかさむ「厄介者」の切り捨てを狙った冷徹な計算が潜む。ガザは撤退の果実を受け取るのか、それとも「巨大な監獄」と化すのか。

(流血の地)
 「行きたくない。ここに残るのだ」真っ青な空が広がるガザ最大の入植地ネベデカリム。17日、イスラエル軍部隊がバリケードを破って到着すると、入植者たちが口々に叫んだ。バスに押し込まれまいと必死に抵抗する若者。その脇腹には、兵士の容赦ない足げりが襲いかかる。
 地中海に沿って幅約1000キロ、長さ約40キロと細長いガザ。撤退開始前には各地に点在する入植地に約8500人のユダヤ人、これを約140万人のパレスチナ人が取り囲む。
 87年12月には第一次インティファーダ(反イスラエル闘争)、2000年9月には第二次インティファーダが吹き荒れ、流血の事態が繰り返されてきた。

(国家の危機)
 「世代を経るごとにパレスチナ人が倍増していくガザ地区に、永久にとどまることはできない」シャロン首相は15日、国民向けのテレビ演説でこう強調、ガザ撤退が不可欠だと訴えた。1948年の建国以来、ユダヤ人移民の流入,とそれを支える領土拡大によって発展してきたイスラエル。だが、最近は移民の流れは途絶えがちで、昨年はわずか2万1000人にとどまった。イスラエル紙ハーレツによると、イスラエルにガザと西岸を加えた地域のユダヤ人の人口比率は初めて5割を切った。

 一方で、ガザ入植者の安全を確保する維持費は増大。2001年3月の就任直後、入植地拡大を公言していたシャロン首相だが「ユダヤ人国家維持」のため、ガザ撤退を選択した。
 昨年11月には「和平の障害」として関係を断絶していたパレスチナ自治政府のアラファト前議長が死去、米国が和平再生への好機ととらえたことも首相を後押しした。

(握られた命運)
 「イスラエルが出て行くのはうれしい」「苦しい生活は何も変わらない」期待とあきらめが交錯するガザのパレスチナ人。入植地撤去でガザのイスラエル軍検問所も撤廃され、ガザ地区内で移動が自由にできるようになる。だがイスラエル軍に踏みつぶされた農地はすぐには戻らない。
 撤退後、ガザの治安が安定すれば中東和平やパレスチナ国家樹立に向けた第一歩となる。しかし、過激派の勢力が増せばイスラエル軍が再侵攻、和平路線が瓦解する恐れも出てくる。

「部屋は渡されたが、鍵を持っていかれたままだ」。パレスチナ人記者が指摘するように、ガザの命運を握るのは今後もイスラエルであることに変わりはない。
 「攻撃が続けば、これまで以上の報復を行う」。シャロン首相はパレスチナに、過激派組織を解体して和平交渉の席に着くよう決断を迫っ.た。イスラエルはテロ対策などの名目でガザ地区を封鎖、外部との関係を完全に遮断する可能性がある。
 そうなれば「ガザは巨大な監獄になる」(アッバス・パレスチナ自治政府議長)…。行く手には悪夢が待ち構えているのか。


(琉球新報 2005-8-18)

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