イスラム予言者風刺画問題


  
 イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画掲載問題は、デンマークの公館がレバノンなどで放火され、一段と深刻化した。イラク戦争などを「イスラムヘの抑圧」とみる信徒の怒りが、宗教上のタブーが破られたことで噴出した形だが、この機に乗じ「文明の対立」をあおろうと、イスラム過激派が背後でうごめく。欧州各国は「表現の自由」尊重の立場から謝罪拒否を貫く。異文化と共生する欧州。メディアの在り方も間われている。

●Vサイン
 「アラーのほかに神はなし。ムハンマドは神の使徒なり」。5日、白昼のベイルート。「震源地」となった新聞社があるデンマークの領事館が入居するビルの周りで群衆が叫ぶ。建物は炎上、その前で若者がVサインを報道陣に突き出した。
 預言者の風刺画掲載に対する世界中のイスラム教徒の怒りは、収まる気配がない。6日にはバンコクのデンマーク大使館にも数百人のイスラム教徒が押しかけ、同国製品不買などを呼び掛けた。

 「7月7日(ロンドン同時テロの日)が迫っているぞ」。ロンドンで3日に起きたデモでは大規模テロを示唆するスローガンも。英紙タイムズによると、自爆テロヘの賛辞で知られ、昨年までロンドンを拠点に活動していた過激聖職者オマル・バクリ師が、風刺画を載せたメディアの責任者殺害を呼び掛けるファトワ(宗教見解)を発表。風刺画問題を利用し、信徒の怒りを扇動している構図も浮かび上がった。

 風刺画問題を受け、ベイルートでは「ブッシュ(米大統領)とその一味がイスラム世界の破壊を目指している」といった扇動ビラがまかれ、カイロやダマスカスでは「扇動電子メール」も広がったという。

●自尊心
 東京外語大の大塚和夫教授は、風刺画をめぐるイスラム教徒の怒りについて「パレスチナ間題やイラク戦争、イランに核を持たせない欧米の姿勢など、イスラム教徒は政治、軍事的に欧米から抑圧を受けていると感じてきた。われわれには風刺に見える絵だが、イスラム教徒には侮辱。文化的にも自尊心を踏みにじられたと感じ、信徒の怒りの引き金を引いてしまった」と分析する。

 ムハンマドの風刺画は、欧州を中心に十数力国以上のメディアが転載。「表現の自由」を民主主義の前提とする欧州では編集者らが「キリストもローマ法王も風刺の対象になる」と強調、ムハンマドの風刺も甘受されるべきだと主張する。最初に載せたデンマーク紙の編集担当者は「彼らのタブーを守るよう求めるなら、それはわたしに敬意を示していないということだ」と米誌ニューズウィークに述べた。

●二重基準
 しかし、多くのイスラム教徒にとって、これらの主張を受け入れるのは難しそうだ。カイロ大文学部のエジプト人講師は,「イスラムを他宗教と比較したり、相対的、批判的にとらえる論文や研究はエジプトでは困難だ。イスラム教は絶対だからだ」と話す。
 「先日、イラン大統領がホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)について(否定の)発言をしたら、世界中が彼を非難したではないか」。米国在住のアラブ人向けメディアの編集者ウサマ・シブラニ氏は欧州の通信社にこう話し、欧州のメディアにもホロコーストの否定というタブーがあるのに、イスラム教のタブーを「表現の自由」だとして尊重しない姿勢を「二重基準」だと批判した。

(琉球新報 2006-2-7)



平和外交に衝撃・・・北欧、イスラムの攻撃対象に

 中立的な立場から紛争の仲裁外交や国連平和維持活動(PKO)への積極参加など「平和」を売りにしてきた北欧諸国が、デンマークの新聞などによるイスラム教預言者ムハンマドの風刺漫画掲載で突然、イスラム社会の攻撃対象となり大きな衝撃を受けている。
 イランは6日、デンマークとの通商関係の断絶を発表。イスラム諸国で北欧の在外公館がデモ隊に放火されるなど事態に沈静化の兆しが見えないことも、北欧諸国の戸惑いを広げている。

 ノルウェーはノーベル平和賞の発表地。また、1993年のパレスチナ暫定自治宣言(オスロ合意)に至るイスラエルとパレスチナとの秘密交渉の仲介など積極的な紛争仲裁外交を行ってきた。
 ノルウェーのストーレ外相は6日、英紙フィナンシャル・タイムズに対し、ダマスカスなどで在外公館が壊滅的被害を受けたことに「ショックだった。こんなことは初めてだ」と述べ、動揺を隠さなかった。

 PKOに積極参加してきたデンマークのムラー外相は「暴力の波が中東で急速に広がっている」と衝撃を受けた様子。英BBC放送によると、同国は中東を含む14カ国への渡航を避けるよう勧告を出した。
 北欧諸国は自由な言論が保障された国として知られる。風刺漫画を最初に掲載したデンマーク紙ユランス・ポステンの編集長は謝罪したが、同国政府は「表現の自由は最重要の原則」と主張、政府としての謝罪はしない姿勢を示している。

 フィナンシャル・タイムズ紙は「北欧の国民は、不安定な地域でも伝統的に友好的対応を受けてきたが、中東では危害を受ける存在となった可能性がある」と報じた。

(琉球新報 2006-2-8)



(予言者風刺漫画の経過)
■2005年
 9月30日 デンマークのユランス・ポステン紙がイスラム教預言者
       ムハンマドの風刺漫画掲載
10月12日 イスラム圏10カ国の駐デンマーク大使がラスムセン同国首相に抗議
■2006年
 1月10日 ノルウェーのメディアが漫画転載
 1月26日 サウジアラビアが駐デンマーク大使召還
 1月30日 パレスチナ自治区ガザ市で武装デモ隊が欧州連合(EU)事務所包囲。
       デンマーク紙編集長が謝罪
 2月 1日 フランス、ドイツ、イタリア、スペインの各紙が漫画転載。
       シリアが駐デンマーク大使召還と報道
 2月 2日 ヨルダン川西岸ナブルスで武装パレスチナ人がドイツ人を一時拉致
 2月 3日 フランス紙ルモンドがムハンマドの顔とみられる風刺漫画掲載。
       米国務省報道官が、漫画は適切でないとの認識表明
 2月 4日 ダマスカスでデモ隊がデンマーク、ノルウェー両大使館に放火
 2月 5日 ベイルートでデモ隊がデンマーク領事館に放火。
       レバノン内相が辞表提出。イランが駐デンマーク大使召還を表明



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