集団自決は軍命令が通説


 今年3月、文部科学省は2006年度の教科書検定で、沖縄戦の集団自決に関する記述に対し修正意見を付したことを公表した。「近年の状況を踏まえると、軍による自決命令があったかどうか明らかでない」というのがその理由であるが、はたしてこの判断は妥当といえるのだろうか。

 文科者は、修正意見を付した具体的な理由として、1−軍の命令の存在を肯定する資料と否定する資料の両方が存在することや、2−近年の研究は軍による命令の有無より住民の精神状祝を重視する傾向があること、また、3−沖縄戦の最中の慶良間諸島で自決を命じたとされてきた元軍人らが05年に訴訟を起こし、そこで軍による命令を否定する証言が出てきたことなどを拳げている。

 しかし、いずれの論拠も問題があり、説得力に欠ける。なぜなら、1−日本軍による自決命令や強要があったというのが従来の通説とされており、2−集団自決に軍の強要があったかどうかは、直接的な強要の有無のみで判断するのではなく、集団自決に至る戦前の皇民化教育や軍による国民統制、さらには軍国主義という当時の異常な情勢下における住民の精神状況なども考慮して、戦争の全体像から多角的にとらえることが必要不可欠だからである。

 また、3−係争中の裁判での一方当事者の証言を基に、軍の強要の記述全体について修正を求めるやり方は、公平性を欠き、個別的事例の過度な一般化に陥りかねない。

 この点、文科者は「修正の際は断定的記述を避けるよう出版社に指示はしたが、集団自決における軍の命令や強要の有無に関する記述自体禁止してはいない」と反論するが、修正意見が付されれば、出版社の側で自主規制が働き委縮してしまうことは容易に想像でき、安易な修正意見は表現の自由を過度に制約してしまう恐れがある。実際、今回修正意見を付された教科書では、結果的に軍の関与があいまいになり、集団自決がなぜ起きたのかが分かりづらくなってしまった。

 教科書検定は教育の中立・公正、一定程度の水準の維持という要請に応えるための制度である.そのため、いわゆる家永教科書事件以降、「検定の審査、判断は文科大臣の合理的な裁量に委ねられる」との判例が確立してきた。
 とはいえ、今回のように説得力の乏しい論拠を基に安易に修正意見を付すやり方は乱暴であるといわざるをえない。修正意見は、十分な検証に基づき、より慎重に付されるべきである。

 もっとも、集団自決で軍の直接の命令があったかどうかについては、関係者の証言はあっても、それを裏付ける確たる証拠や公的資料は決して多くない。この点は、今後の沖縄戦研究の蓄積に期待するところが大きい。
 沖縄戦をどう理解し、そこから何を学ぴとるのか。今回の問題は、このことをあらためて私たちに問い掛ける。その意味において、今回の問題は、単なる教科書記述の表現上の争いにとどまらず、私たち国民の歴史認識の在り方が間われる重大な問題である。

下地健太(福岡県、九州大学法科大学院生、23歳)

(琉球新報 2007-9-9)



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