笑顔も涙も地域のお寺で


 「いーち、にー、さん!」。阿弥陀如来像が置かれたリビング。掛け声とともに、子どもたちがゆでた大豆をつぶし始めると、ふっくらした甘い香りが広がった。「これが、おみそになるんだよ」。黒い法衣姿の吉井誠光(33)がしゃがみ込み、声をかけた。
 東京都心から約40分、埼玉県川口市の新興住宅街に吉井が住職を務める「善行寺」がある。ぽかぽか陽気の一日、「本堂」と呼ぶリビングに近所の親子連れ十数人が集まり、みそ造りの体験教室が開かれた。

 「つぶした大豆に麹と塩を混ぜれば、半年後には自然とみそができる。息子二人を連れた主婦村上恵美子(35)は「思ったより簡単。お寺はお盆の時しか行かないが、ここは開放されていてビックリ」と笑った。
 江戸時代からの檀家制度に支えられてきた日本の仏教。だが高度成長にともない地縁・血縁が薄れ、法事だけの「葬式仏教」になったという批判が絶えない。吉井はそんな首都圏に寺を開きたいと、浄土真宗本願寺派(本山・西本願寺、京都市)の支援制度を受けて昨年6月、自坊を設けた。

 浄土真宗の教えを伝える法話会。第1回は妻と2人の息子だけの寂しいスタートだった。法話会とともに豆まきやもちつきなど新興住宅街には少ない季節行事を始めた。ロコミやインターネットで参加者が増え、今は月100人ほどが寺を訪れる。
 「昔のお寺は祭りや教育など地域のコミュニティーセンター。楽しいことも、悲しいことも話せる寺にしたい。イベントはその環境づくり」。子どもたちが駆け回る本堂で吉井は言う。それに「何も言わなくても、若い母親が『仏さまにナムナムしよう』と子どもに勧め、仏像に手を合わせている。人々の心の片隅に仏教は残ってる」

サラリーマンから
 同派僧侶の二男として京都で生まれた吉井は「格好悪い」と寺が嫌いで、旅行代理店に就職した。だが25歳ごろ、仕事に行き詰まる。その時、かつて父親が「海外開教使」としてハワイの寺で働いていたのを思い出した。「面白そう」と2年がかりで試験を受け、1999年、米カリフォルニア州・フレズノ市の同派寺院に職を得た。

 信者の約8割が日系アメリカ人。寺と信者の近さに驚いた。参拝者の大半がお年寄りでなく現役世代。寺を拠点にボランティアをしたり、太鼓やフラダンスも習う。その中で恋愛や生死の問題を話し合っていた。
 さまざまな信者がいた。「仏に救われていく」と念仏を唱えながら妻が死亡、その心を知ろうと弁護士から僧侶になった男性。「阿弥陀如来はすべての生命を救おうとする。それが愛」と語った元キリスト教徒の女性。

 「寺はお年寄りだけの場所じゃなかった。同じ地域の人々が『生かされている』と助け合い、命をともに味わう場所。日本も昔、そうだったはず」。5年間の米国生活を終えた時、寺をつくりたいと思っていた。

100年先の姿求めて
 「もし夜中に悩みで助けてほしかったら、門前払いされそうな寺ではなく、教会を訪ねる」。「がんばれ仏教!」の著書で知られる東京工業大助教授・上田紀行(49)は学生からこんな話を聞き、ショックを受けた。

 「現代仏教は人々の苦悩に答えていない。『聴いてもらう』感覚が共同体をつくる。説く宗教から、聴く宗教に変わらないといけない」と上田は思う。「格差社会が進むなか、これまでの共同体は崩れている。全国に8万弱もある寺院が人々の悩みを聴き、慈悲を体現する場所になれば、日本の風景はきっと変わる」

 昨年11月末、善行寺に川口市の公務員・杉浦幸太郎(58)が訪れた。杉浦は1カ月前、長男(24)を病気で亡くした。葬儀会社が紹介した僧侶に納得できず、インターネットで調べて、吉井に49日の法要を頼んだ。
 団塊世代の杉浦。「初めて人生の無常を感じ、宗教を考えた。息子には生き方を教えられなかったが、仏教を勉強して、いつか人の話を聴く役目を果たしたい」と静かに語る。月一度、家族を連れ善行寺に通う。

 悲しみや苦悩を語る場所として、善行寺の歩みは始まったばかりだ。「この取り組みに時間はかかっていい」と吉井は明るく力を込めた。「アメリカでは100年かかった。自分の代は無理でも、100年後に孫たちが『仏教を知って良かった』。そう思ってくれればいい」

再生への助走
 宗教離れが進む都会、過疎化による檀家(だんか)数の減少や住職の後継者不足に悩む地方一。伝統仏教の基盤が揺らぐ中、寺院を「学び、癒やし、楽しむ」場所として地域に戻そうとする試みが注目されている。

 大阪市天王寺区の応典院には墓も檀家もない。1997年から劇場型ホールを使ってシンポジウムや映画、演劇など年50回を超えるイベントを開催。「日本一若者が集まる寺」として年約3万人が足を運ぶ。

 長野県松本市の神宮寺は約7年前から故人や遺族の希望に合わせた葬儀を行っている。最近は鎮魂歌「千の風になって」を流す中、故人の人生を写真で振り返る葬儀が好評で、お経さえ読まない場合も。本堂で音楽ライブを開いた築地本願寺(東京都)や、境内にカフェを併設した光明寺(同)の試みもある。

 全日本仏教会が約2000寺院の住職を対象に行ったアンケートによると、約7割が「伝統仏教界は地域に期待されている」と答えたのに、「期待に応えている」は約3割。弱者救済や環境保護などの分野で対応不足とする回答が目立った。
 一方で自分の寺は「応えている」としたのは約6割。同会広報文化部長の江口智流(43)は「住職たちは努力している。でも力の限界や対応不足の自覚が仏教界に対する危機感や不満として現れたのでは」と分析する。

(琉球新報 2007-5-12)



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