貧困生んだ社会直視を 堤 未果(つつみ みか)



 サブプライムローンの焦げ付きは、金融問題であるとともに、米国の抱える貧困問題を象徴している。なぜ、全米で何百万人もの人がこのローンを借り、返せなくなる人が相次いだのか。大量の焦げ付きを生んだ米国社会の背景に、目を向ける必要がある。

 借り手の多くは移民や低所得層で、借入額は全米の住宅ローン総額の1割を占める。これだけ大規模に広がったローンを、「家ほしさのあまりに、十分な返済計画を持たずに借りた入が悪い」と片づけられるだろうか。
 借り手を取材すると、ずさんな融資の実態がわかる。「米国はチャンスの国。夢をかなえよう」「不可能を可能としよう」。こんな言葉がローン勧誘のうたい文句となっていた。所得を十分に審査せず、返せなくなると思える人にも、住宅価格上昇を前提にローンが組まれたケースもあった。住宅ブームが失速する過程で、移民や低所得層はローンの新たな借り手として格好のターゲットとなった

 延滞による住宅差し押さえ率が全米の中でも高い、カリフォルニア州ストックトンの街を昨年取材で訪れた。街は空き家が増えて静まり返り、ゴーストタウンのようだった。こうした地域は、中間層や高所得層が住む地域とは分かれているため、実態が米国社会全体で十分に認知されない。ただ、差し押さえが進む地域はモザイク模様のように全米に広がっている。

 私は大学留学以来の10年余りを米国で過ごした。米国では、住宅ローンを借りることやクレジット力ードを作ることが、社会生活を送るうえで大きな意味を持つと実感した。アパートを借りようとす
ると、カードの利用履歴を間われる。住宅ローンを組むと、ほかの様々なローンが借りやすくなる。低所得層にとって住宅ローンは、貧困からはい上がり、生活を改善する手段の一つでもあった.

 米国の貧困層の姿はサブプライムローン問題以外でも、様々な形で顕在化している。高額な医療費を払えずに自己破産する人が増えている。学費を払えない若者が、借金返済のためにイラクの戦地へ赴く。ハリケーン・カトリーナの被災者は生活再建を果たさぬまま援助を打ち切られ、国内で難民となっている。
 世界一の経済大国で貧困に苦しむ人々を取材して感じるのは、米国社会の一部で民営化や市場原理の導入が行き過ぎたことだ。政府は、国民の生存権を守るという「公」の役割を十分に果たさなくなった。富裕層から多く集めた税金を、教育や医療を通して中間層に再配分する機能が低下した。富裕層と貧困層へ、社会の二極分化が進んでいる。

 サププライム問題は、米国の大統領選のテーマの一つにもなっている。ただ、大統領候補らは金融問題として語り、貧困問題として十分に向き合おうとしているようには見えない。この問題を生み出した経済思想や経済政策、社会のあり方こそ、見つめ直す必要があるのではないか。

 日本社会にとっても、サブプライム問題は対岸の火事とは思えない.派遣社員、フリーターなど、日本でも若者の貧困問題が目立ってきた。中間層が厚いという日本の伝統的な姿は変わりつつある。我々は米国社会の後追いをするのか、別の道を探るのか。サブプライム間題は日本人に対しても、どんな社会を選ぶのか、問うている気がする。

サブプライムローン
 低所得者や過去にローンを延滞するなど信用力の低い人向けの米国の住宅ローン。当初の一定期間は低金利、利子のみ返済すればいい、などの融資方法で普及。住宅価格の上昇を前提に十分な審査なく貸し出された。複数の借り手のローン債権を組み合わせ、証券化と呼ばれる金融手法で世界中の投資家に販売された。米国の住宅価格の下落とともに焦げ付きが増え、関連証券化商品の価格は下落.世界の金融機関の損失は約100兆円とも試算される。昨年夏に問題が深刻化し、株や為替など金融市場の動揺が続いている。

堤 未果(つつみ みか・ジャーナリスト)
71年生まれ。米国で国連や証券会社勤務。川田龍平参院議員と2月に結婚。著書に「貧困大国アメリカ」。

(朝日新聞 2008-3-23)



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