いつもと違う幸せ見つけて…フランソワーズ・モレシャンさん



 この夏、帰省したパリで、私は円高の恩恵に浴しました。ただでさえ物価の高いパリ。ユーロ高の頃は何でも高い感じがしましたが、生活感覚から言うと、今がちょうどよい感じ。適正レートのような気がします。
 私が日本に初めて来たのは50年も前。ブランド品はもちろん、チーズもワインも高すぎて手が出せませんでした。でも、日本はその後、経済成長を遂げました。日本人の関心は外国、特に欧米に向けられ、今日のライフスタイルが築かれました。

 私は日本人の勤勉さや向上心、異文化に関心を持つことに敬意を払うだけでなく、私自身が共に生きてきたという共感を抱いています。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とうたわれたバブル期には、行き過ぎた騎りのような現象もありましたが、日本の貧しい時代を知る私にとって、思春期の反抗期のようなものと理解していました。

 この数年、景気低迷の影響か、日本入の関心は海外より日本の内側に向けられるようになったようです。若者の海外旅行離れや「ナンバーワンでなくてもいい」という雰囲気があります。パリでも、アジア系の観光客といえば、かつては圧倒的に日本人でしたが、今は韓国人や中国人が目立ちます。メード・イン・ジャパンばかりだった家電も、韓国・中国勢が目立っています。自動車は優位を保っていますが、いつまでも安心できるものではありません。

 経済力に陰りが見られるのは確かでしょうし、そんな時期だからこそ円高に危機感を募らせるのでしょう。
 しかし、私は円安や円高にかかわらず、日本は世界でもまれなほどの精神文化の成長を遂げていると思います。海外への関心が低くなったと嘆く人もいますが、忘れていた日本の文化への関心が高まったともいえます。

 円高になると輸入品の価格が安くなり、海外旅行、あるいは海外投資も盛んになるでしょう。円安になれば国内に目を向けて、円高になれば海外へ目を向ける。この柔軟性こそ日本人の特質で、成熟の証しではないでしょうか。

 円高で大きな被害を受けている、特に中小企業の方々には深刻な問題でしょう。一方で、円高の恩恵を受ける企業もあるでしょう。私たち個人は、不景気論に惑わされるよりも、円高のメリットを生活に取り入れてみたらいかがでしょう。いつもと違う幸せを探してみましょう。「温泉で日本酒」という幸せを「フランスでワイン」にしてもよいじゃないですか。そんな生活スタイルの柔軟さが、幸福に結びつくと思います。

 私はドイツ軍による占領下の苦しさを少女時代に味わっています。景気の変動なんて戦争と比べたら、ちっとも怖くありません。大切なのは安心できる毎日の小さな幸せです。家族や友だちと笑って食事できること。

 日本ほど調和と安らぎがある国は他にありません。国民性もあるのでしょうが、民族や宗教の対立もない日本は社会的なストレスがなく、サービスと笑顔と優しさにあふれています。もちろん、日本にも暗いニュースはたくさんあります。もう少し弱者に優しい社会になれば、日本は「幸せナンバーワン」になれる国だと思います。(寄稿)

■フランソワーズ・モレシャン
1958年に来日。テレビの仏語講座の講師を務め、74年にシャネル日本法人の美容部長として再来日。デザインや執筆で幅広く活躍。

(朝日新聞 2010-10-1)



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