魂宿す人型ロボット



■アニミズムと技術の融合
 軽快なJポップにのって、若い「5人の女性」が踊る。人間のバックダンサー4人を引き連れているのは、身長158センチ、体重43キロの人型ロボット「HRP-4C」、通称「未夢」(みーむ)だ。両手を左右上下なめらかに動かし、小さくステップを踏む。アイドルの振り付けさながらに。
 昨年10月、都内で開かれた「デジタルコンテンツEXPO」。日本独自に進化した技術を「クール・ガラパゴス」と定義した展示会場のステージだ。

 「amazing(驚きだ)」「creepy(ぞっとする)」。動画投稿サイトにあげられた映像は、再生回数が100万回を超え、英語のコメントも多い。開発した独立行政法人、産業技術総合研究所の横井一仁ピューマノイド研究グループ長は「ファッションショーのモデルなど、エンターテインメント分野で産業化したい」。

 約1カ月後、都内の劇場では顔の造作が人間そっくりの女性型ロボットと人間の俳優による「演劇」が上演された。演出した平田オリザさんは「圧倒的に世界最先端の表現。近いうちに海外で公演したい」と話した。
 「アイドルロボットにロボット演劇、日本だけの研究でしょう」。公立はこだて未来大の松原仁教授(人工知能)は話す。

 もともとロボットは、「強制労働」を意味するチェコ語が語源。西洋では人間の代わりの労働力という趣が濃く、映画などではしばしば人間に敵対して描かれる。一方、鉄腕アトムやドラえもんに慣れた日本人は「仲間」のような親しみを持ち、その洗礼を受けてか、技術的な難しさを顧みずに、大型ロボットを夢見る研究者は多い。

■神を見る眼鏡
 なぜ日本人はロボットと「共生」したがるのか。松原教授は「神に創造された人間が特権的に自然を支配する西洋的な世界観でなく、万物に魂が宿る価値観が背景にある」と分析する。
 いわゆる「八百万(やおよろず)の神」「アニミズム(精霊信仰)」と呼べる思想は、今も日本で息づく。
 「ひこにゃん」「せんとくん」……。動物や名産品を癒やし系マスコットにした「ゆるキャラ」は、観光振興など自治体に欠かせないものになった。

 真宗大谷派(東本願寺)は、今年の宗祖親驚の750回忌に合わせ、親鸞を模した獅子の「鸞恩(らんおん)くん」、勤行集の本に顔を描いた「あかほんくん」などを作った。着ぐるみが出向けば「かわいい」と子供が群がる。
 原始的な信仰とされるアニミズム的な存在を、理性宗教である仏教界もすんなり受け入れる、それが日本だ。さかのぼれば、平安時代の高僧、鳥羽僧正作で日本最古の漫画とされる「鳥獣人物戯画」に力エルの仏像、猿の僧侶がすでにいた。

 昨年のNHKドラマ「ゲゲゲの女房」でも、俳優とアニメの妖怪が「共演」した画面を視聴者は違和感なく見つめた。
 放送中の夏、観光地の熱海でも現実と仮想が混然としていた。名所「お宮の松」などに、スマートフォンのカメラを向ける若者たち。液晶画面に映る風景には、恋愛ゲーム「ラブプラス」の美少女キャラクターが記念写真のように納まっていた。現実の風景にデジタル情報が連動する、AR(拡張現実)という先端技術が可能にした、実在しない「彼女」とのデートだ。

 日本発のスマートフォン用アプリ「セカイカメラ」が海外でも人気を呼び、ARは注目が集まる。慶応大の稲見昌彦教授(情報工学)は「日本が得意の実世界に働きかける機械電子技術の蓄積を生かしやすい。地縛霊や座敷童など、場所に特定の存在を見いだす日本ならではの、八百万の神を可視化する眼鏡かもしれない」と話す。

■一体化の快感
 「ガラパゴス」と椰楡され、工業大国の自信が揺らぐ日本。関西学院大の奥野卓司教授(情報人類学)は「かつて日本がモノづくりで世界を席巻したのは、機械を単なる道具として人間の身体性の拡張とみなしがちな西洋とは違った工業製品を作ったからだ」と指摘する。
 まゆのように搭乗者を包み込む、コンパクトな自動車。音楽を携帯し、目に映る街の風景を変えたウォークマン。動植物や妖怪と「共存」するように機械と一体化し、そこで生まれる心地よさや楽しみこそが、世界に評価されたゆえんというのだ。

 奥野教授は言う。「『となりのトトロ』や『千と千尋の神隠し』など、人間と異形が共存するアニミズム的世界を描いた宮崎駿監督の映画は、今や世界中で人気だ。そうした思想をモノづくりに取り戻すことが、日本再生に必要だ」

(朝日新聞 2011-1-8)



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