読まれるキリスト教



●特集の雑誌・書籍、相次ぎ刊行
 出版業界で「キリスト教」が静かなブームになっている。昨春以降、キリスト教や聖書を特集した雑誌や書籍が続々と発売され、おおむね売れ行き好調だ。このブーム、どんな背景があるのだろう。(浜田奈美)

●11万部、2週間で完売
 東京・丸の内の大型書店「丸善」。雑誌が並ぶ平台の真ん中に、男性誌「Pen」(阪急コミュニケーションズ)の新年合併号「キリスト教とは何か-2」と同誌の別冊「キリスト教とは何か。」、最新号で「聖書入門」を特集する「日経おとなのOFF」(日経BP社)が積み上げられている。

 専門書売り場担当の工藤吉隆さんはいう。「昨年の『Pen』を皮切りにキリスト教関連の雑誌や書籍が次々と出た。どれも、なかなか堅調です」
 発端の「Pen」とは、昨年3月号の特集「完全保存版キリスト教とは何か。」だ。絵画や建築といった西洋美術を紹介しつつ、聖書の概要などを70ページ以上展開。初版11万部を2週間てほぼ完売し、特集を増補して同年5月に発売された別冊も初版の13万部を完売した。いずれも、書店に加えてコンビニエンスストアでもよく売れる、ふだんとは違う売れ方だった。

 「Pen」とほぼ同じころに発売された季刊誌「考える入」(新潮社)も、「はじめて読む聖書」を特集して好評だった。
 新約聖書学者、田川建三さんへの大型インタビューに始まる重厚な構成で、初心者にとってはやや敷居の高い内容だったが早期に完売し、同誌の中で最も売れた企画の一つとなった。

 以後、ムック「キリスト教を知りたい。」(昨年6月、学研パブリッシング)、新書『新約聖書1』『新約聖書2』(昨年10〜11月、佐藤優解説、文芸春秋)、版画家ギュスターブ・ドレの画集『旧約聖書』『新約聖書』(昨年11〜12月、宝島社)などが発売。今年に入っても「日経おとなのOFF」などへと流れは続いている。

●歯切れの良さ、魅力
 なぜキリスト教の企画が受けるのか。キリスト教を題材にした西洋美術の美しい「図版」は魅力的だが、「Pen」編集長の安藤貫之さんは「あえて企画をアート寄りではなく、教養としてのキリスト教入門に重点を置いた」と話す。
 「多くの人は西洋美術に接するたびに『キリスト教をもっと知っていたら理解が深まるのに』と思うものの、断片的な関心に終わっていた。その断片化した関心を結びつけた結果、読者の無意識レベルの知識欲を刺激したのではないか」

 「考える入」編集部の須貝利恵子さんは「以前の特集『海外の長篇小説ベスト100』で旧約聖書を挙げた入がいた」という。「聖書は壮大な物語として読めるし、神話や歴史、寓話や詩など文学表現のアンソロジーでもある。聖典としてではなく一冊の本として企画化したことが、読まれた理由では」

 2人の指摘の共通項は「知識欲」だ。確かに昨今、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッ力−の「マネジメント」を読んだら』(ダイヤモンド社)や『これからの「正義」の話をしよう』(早川書房)といった「プチ教養本」が売れている。では、なぜキリスト教か。
 「日本人は近代以後ずっとキリスト教に関心を持ち続けてきた」と宗教学者の島田裕巳さん。「それも信仰心の薄い日本人にとって宗教への関心ではなく、『なぜこんなに真剣にキリスト教なる宗教を信じる人々がいるのか』という関心です。ミステリー小説への関心に近い」

 昨秋、新書『聖書に学ぷビジネスの極意100』(ワニ・プラス)を著した作家の江上剛さんは、時代の閉塞感と「言葉」がカギだと指摘する。
 「(元首相の)小泉さんのワンフレーズは印象的だったが、イエスの言葉も歯切れがよい、いわば究極のワンフレーズ。政治も経済もリーダー不在の時代に、迷いを消してくれるものが聖書にはあるだろう、という期待の表れではないか」

(朝日新聞 2011-2-21)


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