3・11の衝撃



 あの3月11日から1週間後に東北地方の上空を北上し、変わり果てた被災地の姿を眼下に呆然と見つめながら、脳裏に浮かんだのはもうひとつの「11日」だった。くしくも10年前、たまたま米国滞在中に出くわした9・11のことである。


 テロリストたちに乗っ取られたジェット機が世界一の巨大ビル2棟に相次いで突っ込み、無残に崩壊させたあの情景は誰しも忘れまい。その2週間後、厚い灰に覆われてなお異臭の漂うニューヨークの現場を訪れた私には、やはり言葉がなかった。テロと天災という違いはあるが、今度もCG映像かと見まごうようなテレビの画面が世界に衝撃を広げた点でよく似ている。

 ともに、その日から世界が変わってしまうような歴史の境目でもあった。
 9・11はイスラム過激派によるテロの恐怖を世界に拡散させ、ハンチントン教授の語る「文明の衝突」がもてはやされた。背景にあるのは米国を中心とするグローバリゼーションのひずみだったのだが、米国は一夜にして愛国の熱気に包まれる。時のブッシュ大統領は「これは戦争だ」と叫び、アフガニスタン攻撃ばかりかイラク攻撃にまで突っ走るのだった。


 一方、3・11では日本人の冷静さが対照的だったが、衝撃は質を変えて次第に大きく広がった。福島第一原子力発電所のあちこちが壊れ、放射能汚染の恐怖を振りまくようになったからだ。もたつく対処にいら立ちが増し、いま無残な姿をさらす施設の映像は、見えない放射線への恐怖を世界でまき散らしているに違いない。


 「技術が高度に発達した日本でもこのような事態が起きたことは全人類への警鐘である」と中国の「環球時報」が報じたように、原発の安全神話が崩壊したのだが、ことの深刻さはそれにとどまらない。地球温暖化の原因であるC02の削減が人類の避けられない課題となる中、クリーンエネルギーとして再評価されつつあった原発に代わるものが、すぐにはないからだ。


 とりわけ膨大な人口を抱えて急成長する中国やインドでは、激しい原発ラッシュが予定されてきた。早くも世界のあちこちでブレーキがかかり始めたが、その分だけ画期的な新エネルギーの開発や省エネルギーの技術革新を急がなければならなくなる。価値観の転換も迫られよう。


 9・11と3・11。日本にとってはもちろんのこと、世界にとっても今度の方が深刻かも知れない。福田康夫・元首相もそう見る一人だ。小泉内閣の官房長官として9・11の重みを強く実感していたが、今度のことは「文明の衝突」を超え、まさに全人類の文明に関わるからだと言う。


 「日本の原発は世界で一番安全だ」と公言してきた国でもある。広島・長崎という悲惨な原爆体験があればこその自負だったが、その原発が大津波の対策を甘く見て墓穴を掘った。何とも大きな歴史の皮肉に違いないが、それは日本に対して真っ先にエネルギーの本格的な発想転換を促したとも言えよう。こうして二つ目の11日も、文明史的な大事件として21世紀初頭に刻まれるのではなかろうか。

 それにしても、いったい日本はどうなってしまうのだろう。
 被災地の復興は容易でないうえ、最悪のケースを免れても福島第一原発の周辺が放射能の汚染から脱却するには年月を要するだろう。農業や漁業はどうなるか。電力不足も慢性化し、産業への打撃は避けられない。経済の低迷はいっそう進み、膨大な赤字をかかえた財政も破綻しないか。


 東京への一極集中に対する不安も膨らんだ。直下型や東南海地震が起きたら大混乱は計り知れまい。どれもこれも、切実さが人々の胸に突き刺さる。
 戦後の廃虚から国を再建した日本の力は信じたいが、あのときは占領体制の下で強引な改革からスタートできた。ベビーブームの活力もあり、人口はどんどん増えた。いまはまったく事情が違う。


 事態の重さに比べて日本の政治はあまりに心もとない。強いリーダーシップをもてぬまま首相がすぐに代わり、民主党への政権交代も力不足と党内抗争で期待を裏切った。野党の自民党は衆参ねじれ国会の中で閣僚の首を次々にとり、政権を弱体化させては喜ぶ有り様。そして、こうした軽い政治を許してきたのは我々の社会だった。


 いま、危機の指揮を執る菅直人首相への不満や批判が強まる一方、自民党との大連立が現実味を帯びつつある。9・11とは違って戦争になるわけではないし、世界中の支援もありがたい。だが、戦時にも似た非常事態とあれば、政治の安定を考えて思い切った決断があってもよいだろう。


 政治のもつ本来の重さに政治家も社会もいよいよ目覚める時なのだ。首相も与野党のリーダーたちも、まずは虚心になって最善の道を考えてほしい。皆が必死になって危機と取り組むことで、ヤワな政治を鍛えていくしかあるまい。それでなければ、3・11後の日本に希望はない。
(若宮啓文 本社コラムニスト)

(朝日新聞 2011-4-3)



目次   


inserted by FC2 system