どんなに暑くてもしゃべる

イタリア料理店「ラ・ベットラ」オーナーシェフ 落合 務さん



 イタリアヘ修業に出たのは30歳のとき。ローマ、ナポリ、ベネチア……。3年間であちこちのレストランやホテルの門をたたきました。「働きたい。カネはいらないから、メシだけ食べさせて」なんて言いながら、イタリア語も少しずつ覚えたものです。
 イタリア人のライフスタイルには衝撃を受けましたね。日本人と全然違うんだ。シエスタ(昼食後の昼寝)という習慣があるでしょう。さすがにいまは、自宅に帰って昼寝する人はそんなにいませんが、3時間ぐらいかけてゆっくりと昼食を楽しむ入が多い。

 夏のレストランでは、ギラつく太陽を仰ぐ屋外席がけっこう人気です。イタリア人はエアコンを好まないそうですよ。湿度が低いせいもありますが、「夏は暑くて当たり前」「暑さと仲よくしなくてどうする」という雰囲気。
 みんなタンクトップや麻のシャツといった軽装で、肌をほんのりと焦がしながら、仕事の話を含め、ワイワイとしゃべり続けています。どんなに暑くてもしゃべる。彼らは会話からエネルギーをもらう、とみています。

 「冷やしパスタ」というのは僕ら日本人シェフが、ざるそばなどをイメージして創作したもので、イタリアにはなかった。イタリア人は冷えすぎた料理も、熱すぎる料理も好まないから、真夏でもスープやソースを常温まで冷ます程度。氷もあまり使いません。日本のように、かき氷、冷や麦といった夏用メニューもないんです。

 イタリアのバカンスにも、最初は驚きました。だって僕がいたローマでは、8月の1ヶ月間、レストランが一斉に閉まったんですから。食いつなぐため、僕は外国入観光客が来るリゾート地のホテルに移って働きましたが、仲間のシェフたちは言うんですよ。「オレたちはバカンスを楽しむために1年間働くんだ」「お前、何のためにそんなにガツガツ働くの?」「暑いときぐらい、ゆっくりやれよ」と。

 日本の外には、こんなおおらかな考え方の人たちもいるんだなあと、気づかされましたね。だからといって、このイタリア流の考えを、日本で広めようとは思いません。料理をゆっくり出したり、店のエアコンを止め、「暑さと仲よく」なんて言ったりしたら、お客さんに怒られちゃう。

 震災後のこの夏は節電しなければならないので、冷房温度を若干上げ、各テーブルにうちわを置くぐらいの協力はするつもりです。すでに照度を落とし、各テーブルにキャンドルを置いているように。でも料理は変えません。イタリア人が認める味を正確に、しかも庶民的な値段で出し続けることで「日本一予約のとれないレストラン」の評判をちょうだいしたのですから。

 ただ料理を食べながらワイワイと話をして、暑さをおおらかに受けとめるイタリア流を、ほんのちょっと感じていただければと思います。
 
(朝日新聞 2011-6-22)



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