モルモン教、増す存在感



 いま、米国でモルモン教の存在感が増している。2012年の大統領選に向けて2人の信者が出馬に名乗りをあげ、ミュージカルや映画の題材にも。異端扱いされてきた教会はこれを好機とみて、主流派を目指し宣伝攻勢をかけている。

■風刺劇に教会「宣伝の好機」
 ニューヨーク・ブロードウェーの劇場街の49丁目。ミュージカル「ブック・オブ・モルモン(モルモン書)」の開演2時間前になると、劇場前に毎回、数百人が集まる。今年3月に開幕したが年内はチケットがほぼ完売状態で、くじ引きで決まる約10組分の当日券を目当てにした客だ。
 「今世紀最高のミュージカル」(ニューヨーク・タイムズ紙)。主要紙や劇場批評家が軒並み激賞し、前評判通り、米国演劇界のアカデミー賞といわれるトニー賞の作品賞など9部門を総なめした。

 アフリカのウガンダで布教活動をするモルモン教の若い宣教師が困難に立ち向かうコメディーだ。あらゆる宗教に対するタブーを恐れない風刺で知られる人気アニメ番組「サウスパーク」の制作チームが手がけ、米国社会で異端視されている教義を笑い飛ばす。アルコールだけでなく、コーヒーなどのカフェイン類は一切、禁止。創設者ジョセフ・スミスが天使から聖典「モルモン書」を授かったことや、かつては一夫多妻制を導入していたことなどだ。

 こうした揶揄に対して、モルモン教本部(米ユタ州ソルトレークシティー)のスポークスマンであるマイケル・パーディー氏は「もちろんステレオタイプ的な見方を面白くないと考える信者は少なくないが、我々の反論する機会がそれだけ増えるということでもある。教会が大きくなれば、注目も集める。話題になることはいいことだ」と受け止めている。

 ミュージカルと呼応するかのように、教会は今年6月から、ニューヨークで「私はモルモン教徒」と銘打った一大キャンペーンを展開。かつての広告は教義の中身に重点を置いていたが、タイムズスクエアに登場させた巨大な看板では多種多様な人種や職業の信者を紹介し、タクシーやネットでも広告を打ち出している。パーディー氏は「どこにでもいる普通な人であることを訴えたい」という。

■大統領候補2人、世論注目
 モルモン教への注目は、共和党の米大統領候補として2人の信徒が名乗りをあげたことでいっそう高まった。
 先に出馬表明した元マサチューセッツ州知事のミット・ロムニー氏は、ソルトーレークシティーで開催された2002年冬季五輪の組織委員長という教会の保守本流だ。現在、各種世論調査で共和党の候補予定者の中でトップを走る。

 もう一人のジョン・ハンツマン氏はオバマ政権で駐中国大使を務める前はユタ州の知事だった。モルモン教徒が同時に2人も大統領選に意欲を示すのは前例のないことだが、教会本部は「我々は政治的に中立だ。もちろん、どの候補も推薦・支援しない」と神経をとがらせる。
 米国で大統領と宗教との関係は深い。歴代大統領のほとんどがキリスト教プロテスタントで、史上初のカトリック教徒の大統領になったケネディは一時、信仰が足を引っ張った。どの教会に属しているかは有権者にとっては判断材料の一つになる。

 では米国の有権者は大統領選でモルモン教徒に投票するのか。米国の調査会社ピュー・リサーチ・センターが6月に発表した調査では、約25%が投票しないとした一方、68%が関係ないと答えた。しかし、白人のキリスト教福音派に限ってみると、34%が投票しないとしている。共和党の有力支持勢力である福音派は選挙で大きな影響力を持っており、2人にとっては、これらの層にどうアピールするかがカギになりそうだ。

 ロムニー氏は各種インタビューで「モルモン教の教えに忠実であり続けるのか」との問いかけに、「私はすべての国民の代表になる。宗教が政治的な判断に一切影響することはない」と訴え続けている。

 同社が実施した07年の調査では、モルモン教のイメージを間いかける設問に「一夫多妻」「カルト」などの言葉が上位を占めた。元モルモン教徒でつくる財団のリチャード・パッカム代表(77)は「モルモン教会の究極の目標は政教一致の政治体制だ。最近のモルモン教会はキリスト教徒の一員であることを強調するようになった。それでも、まだ米国社会全体に受け入れられるとは思えない」と話す。

 23日には、モルモン教の家庭に育ったアダム・クリスティング監督によるドキュメンタリー映画「モルモン教徒の大統領」が公開される。モルモン教の創設者ジョセフ・スミスが大統領選への出馬を表明した直後に暗殺された事件を軸に、政治とモルモン教の関係に迫るという。

■モルモン教
 正式名称は末日聖徒イエス・キリスト教会。1830年、ニューヨーク州でジョセフ・スミスによって設立された。西部開拓時代に迫害され、流れ着いたユタ州ソルトレ一クシティーに本拠を構えた。独特な厳格な戒律で知られる。教会本部によると、2010年末現在で、世界185ヵ国で信者は1400万人。うち米国が600万人余りを占める。

(朝日新聞 2011-8-18)



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