タイ仏教と女性



瞑想、働く女性の支え
 1時間かかる通勤に備えて、今朝も6時起き。しっかりと化粧をして駅に行ったけれど、超満員で3本もやり過ごした。結局、8時の始業にはギリギリ。
 東北地方の田舎から出てきて、バンコクでの一人暮らしは悪くない。今の会計監査の事務の仕事も嫌いじゃない。オフィスもたまたま出身大学の近くだ。

 32歳。一緒に遊んでいた友達も、だんだん家庭を持つようになった。外出の機会が減ってきて、家とオフィスを往復する毎日。ストレスや不安が、知らず知らずにたまる……。
 そんなクリサナ・カムラツパイさんが、一番落ち着く場所が、バンコク中心部のパトゥムワナラム・ラチヤワラウィハーン寺だ。
 買い物客でにぎわう大型商業施設のすぐ横にあるこの寺に、2年前から月1回、仕事帰りに立ち寄る。約1時間、読経や瞑想にふけってから帰宅する。

 「友達と会ったり、パーティーに行ったりするのもいい。だけど、1人で頭を空っぽにしたくなるときもあるでしよ」
 寺は一般の人たちに開放されており、毎日午後6時半からの読経と瞑想に誰でも参加できる。

 8月のある月曜日。会場には約100人が集まっていた。うち8割は女性。その半数近くが20〜30代に見えた。修行用の僧衣の人もいるが、ほとんどはシャツにスカート、ワンピース姿だ。1992年から一般人に瞑想を指導しているタボーン副住職によると、参加者は近年急増し、当初の10倍以上。その多くを比較的若い女性が占めるという。

 「仏教の人気というよりは、瞑想が心を落ちつかせるのに良いと考える人が増えたということでしょう」
 2000年の国勢調査によると、バンコクの初婚平均年齢は男性が29.2歳、女性が27.0歳で、全国平均よりも男性が2歳、女性が3歳高い。

 女性の社会進出に詳しいチュラロンコーン大学のパッソーン・リマノン元教授(人口学)によると、仕事のためにバンコクで一人暮らしをし、晩婚化が進んでいる。仕事の重圧と孤独感の中で、都会で気軽に通えるストレス解消の場として、00年ごろからフィットネス、続いて瞑想が人気になったという。
 「男性向けの娯楽はいろいろある。女性が1人でも参加できるものとして瞑想が注目されたのでしょう」

■尼僧見習い、問い合わせ殺到
 道行く人が辻々にある仏像に、次々にお祈りをささげる。そんな姿をあちこちで見かけるほど、敬虔な仏教徒の多いタイだが、女性が得度することは認められていない。そのため、尼僧の道を目指す女性は、スリランカなど海外で得度してくる必要がある。
 バンコクから車で30分のソンタムカラヤニー寺のタマナンタ住職も、そんな尼僧の一人。寺はタイでは珍しい尼寺として知られる。

 ここで09年から、9日間の尼僧見習コースを始めたところ、問い合わせが殺到。これまでに約200人が受講した。多くは大卒で、修士号や博士号を持つ女性も多かったという。
 「彼女たちは精神的に苦しんでいるのです。高学歴を得たら、次は仕事。そして競争社会の中で、その地位を保ちつづけなければならない。心のよりどころを求めているのです」

 そういうタマナンタ住職自身も、01年にスリランカで解度する前、力ナダで哲学の博士号をとり、タマサート大学(バンコク)で准教授をしていた。
 寺での生活は、午前6時から約1時間の托鉢、瞑想と読経、昼食後に住職の説法。夕食はなく、午後9時ごろには就寝。テレビなどの娯楽はない。

 マヒドン大学(バンコク)の健康政策学研究所の研究者ソイブン・サイトーンさん(38)は、09年4月に見習コースに参加。その後もほぼ毎週土日に1泊2日で寺を訪れる。「職場での人間関係に悩み、家に帰れば1人。瞑想だけではもの足りず、仏の教えをより深く学びたいと思うようになりました」

 仕事とお寺の2重生活だが、「職場の人たちも、私の暮らしを『尊敬する』と言ってくれます」。
 タマナンタ住職によると、現在、タイ国内にいる尼僧は分かっている範囲で28人。そのうち5人がこの寺にいるという。「いずれ、タイでも女性が得度できるようになるでしょう」

(朝日新聞 2011-8-29)



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