巨大教会で熱烈礼拝……シンガポール



■中華系、伝統の道教離れ進む
 中華系住民が全体の7割を超えるシンガポールで、コンサートばりの大規模集会を開くキリスト教の「メガチャーチ(巨大教会)」が信者数を増やしている。経済的な成功を奨励する教えが、都市国家の中間層を引きつける。
 信者数3万3千人とされるシティー・ハーベスト教会が毎週末に開く定期集会。会場を訪ねると、教会のボランティアが笑顔で場内に招き入れてくれた。

 普段は展示会などに使われる約8千人が入る会場はほぼ満席だった。大半は中華系の10〜30代。10〜20人ほどのグループごとに参加している人たちが多い。正面にはステージと巨大画面があり、まるでコンサート会場のようだ。
 キター、ベース、ドラムがアップテンポの曲を演奏し始めた。みなが立ち上がり、両手をあげて歌う。「私の心、魂を捧げます」
 歌が終わると、創立者のコン・ヒー牧師(48)がステージに登場した。腕まくりをしたラフな白シャツに細身の黒いスラックス姿。笑顔を絶やさず、数十人で立ち上げた教会の設立当初を振り返って訴えた。

 「当時は、キリスト教徒でいることは困難なことでした。今はこれだけの仲間がいる」 会場から一斉に拍手があがった。身ぶり手ぶり、抑揚をつけた説教に信者は聴き入っている。メガチャーチの吸引力は政府統計からも明らかだ。
 人口の74.1%を占める中華系住民のうち、1980年に10.9%に過きなかったキリスト教徒は、30年後の2010年には20.1%とほぼ倍増。改宗した人々の多くがメガチャーチに加わったと見られる。仏教・道教は逆に72.5%から57.4%に大きく減った。

 80年代まではシンガポール最大の宗教だった道教は、2000年までに信者数が3分の1以下に急減。危機を感じたシンガポール道教協会はイベント開催や青年部や女性部の組織強化など対策を取ってきた。タン・ティアムライ協会長は「総力を挙げて取り組まなければ、中国伝統の我々の宗教が少しずつ消えていってしまう」と話す。

■経済的成功を肯定
 メガチャーチが支持を集める一因は、シンガポールヘの欧米文化の浸透だ。
 1959年に英国から自治権を得たシンガポール政府は中華系、マレー系、インド系のそれぞれの住民の共通語として英語を第1言語とした。その結果、中華系でも中国語で会話をする家庭の割合は徐々に減り、それは仏教や道教の信者が減る傾向と重なっている。
 幼稚園で保育士をしているリャン・ウーさん(24)は20歳のとき、いとこに誘われてシティー・ハーベスト教会の集会に参加した。それまでは中華系の両親と道教の寺院に通っていた。

 「我々の世代には、中国への過度なこだわりも、キリスト教は外国の宗教という違和感もない」と話す。
 一方、東南アジア研究所のテレンス・チョン上級研究員は「信者の多くはより良い生活を望む中流階級」であるとしたうえで、1人当たり国内総生産(GDP)がアジア一になったシンガポールで「彼らの成功をわかりやすい言葉で肯定する教えが、受け入れられている」と指摘する。成功とは経済的な繁栄そのもののようだ。

 シティー・ハーベスト教会は「神は我々が繁栄することを望まれている」とし、信者の企業経営者や実業家らに交流を促し、ビジネスの発展を支援する。
 「寄付があなたの信仰の物差しとなる」(コン・ヒー牧師)ともする。
 コン・ヒー牧師ら教会幹部5人は今年6月、信徒から集めた寄付金2400万シンガポールドル(約15億4千万円)を牧師の妻の歌手活動などに不正流用した容疑などで逮捕、起訴された。その金額の大きさにメディアやネットには「信仰ではなく商売」などと批判が殺到した。
 しかし、牧師は罪を認めておらず、保釈後は以前と同様に説教を続けている。最高で終身刑の可能性もあるが、カリスマ的人気に衰えは見えない。

 集会に参加していた投資銀行員の男性(33)は「もし有罪になっても、教会とコン・ヒー牧師への敬愛は変わらない」と話した。

【メガチャーチ】
 礼拝に2千人以上が集まる大規模教会。米国で1960年代から見られるようになった。ロックコンサートのような会場、わかりやすい説教、寄付の奨励など、同様の形式を持つ教会は、シンガポールでは80年代ごろから見られ、現在、主立ったもので四つのメガチャーチがある。

(朝日新聞 2012-10-16)



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