表現の自由……規制か保護か



■ムハンマド侮辱、国連総会で応酬
 イスラム教の預言者ムハンマドを侮辱する映像をきっかけに、「表現の自由」のあり方について、1日までニューヨークで開かれた国連総会の一般討論演説で活発に意見が交わされた。法的に罰する規定など一定の制約を求めるイスラム圏と、普遍的価値として擁護しようとする欧米側の溝が浮き彫りになった

 エジプトのムルシ大統領は「忌まわしい表現は受け入れられない。表現の自由は憎しみをあおり立てるためのものではない」。
 デモが暴徒化し、20人以上が死亡したパキスタンのザルダリ大統領は「表現の自由を悪用して世界を危機に陥れる行為は処罰しなければならない」。イスラム教の聖地メッカがあるサウジアラビアのアブドルアジズ副外相も「宗教とその神聖なシンボルヘの中傷・軽蔑を禁じる法律制定を要求する」と呼びかけた。

■蔑視との見方も
 総会と並行して国連で開かれた「法の支配」をめぐる会合でも、イスラム圏から「法規制」を求める意見が相次いだ。背景には、欧米側によるイスラム教への侮辱的な表現が相次ぐことに対し「イスラム・フォビア(蔑視)の一環」(トルコ外相)との見方がある。欧米では2005年にもデンマークの日刊紙が預言者ムハンマドの風刺漫画を掲載。イスラム諸国の激しい反発を引き起こした。

 また、「欧米はホロコースト(第2次世界大戦中のナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺)を否定するものは罰するのに、なぜイスラムを侮辱するものには何もしないのか」(パレスチナのイスラム組織ハマスの指導者メシャール氏)と、欧米側の対応を「二重基準」とみる見方もある。

■文書には盛らず
 こうした動きに対し、オバマ米大統領は「憎悪の言説に対する最も強い武器は抑圧ではなく、偏狭と侮辱にさらなる抗議の声をあげることだ」と訴え、自分に対する侮辱や批判であってもその「表現の自由」を擁護するとの立場を取った。
 スーダンで起きた抗議デモで自国の大使館を襲撃されたベスターベレ独外相も「表現の自由などの自由は与えられるものではなく、勝ち取るものだ」と訴えた。

 宗教や預言者への侮辱的な行為、表現を罰する法制化については、「法と支配」をめぐる会合で結論は出ず、成果文書には盛り込まれなかった。
 「表現の自由」に足かせを求めるイスラム諸国では、国内の野党勢力やメディアに対して厳しい規制をかけている国が多い。法制化を進めた場合、検閲や身柄拘束などを正当化する手段になるおそれもある。

 日本の野田佳彦首相は、国連総会演説で、この問題には言及しなかった。国連の潘基文事務総長は9月の記者会見で「表現の自由が保障されるのは、人類共通の正義、共通の目的に使われる場合で、他者の価値観や宗教を侮辱するなら保護されない」と踏み込んだ。

■「表現の自由」をめぐるイスラム圏代表の発言(国連総会一般討論演説から)
アフガニスタン・力ルザイ大統領
 (イスラムを侮蔑する映像は)表現の自由として絶対に正当化されない。
カタール・ハマド首長
 宗教や信仰を侮辱することを防ぐ国際法をつくるべきだ。
イエメン・ハディ暫定大統領
 表現の自由が国家の信仰を侮辱する場合、制限が設けられるべきだ。
トルコ・ダウトオール外相
 表現の自由を装ったイスラム蔑視はもはや容認できない。
マレーシア・アマン外相
 (表現の自由が)与える害が他の全てを上回るとき、一線が引かれなければならない。表現の自由は責任を伴う。
 
(朝日新聞 2012-10-5)



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