大統領選と宗教



■「神」が結ぶ米国
 米大統領選では、宗教的な価値観が常に重要な争点となる。今回は、オバマ大統領に挑む共和党のロムニー侯補がモルモン教徒であることも話題だ。米国政治の歴史と現在をひもとくと、「神」と強く結びついた国の姿が見えてくる。

 「私たちは、みなが同じ神の子どもであると信じる国だ」。ロムニー氏は3日、オバマ大統領との討論会で力強く語った。
 新しい大統領が臨む就任式では、聖書に手を置いて宣誓する。演説では、「神」という言葉がしきりに飛び出す。つきまとう宗教色。米国は世界で初めて憲法に政教分離を定めたはずだが、矛盾はないのか。

 「政治に宗教がかかわらないのが近代的だと日本人は思い込みがちだが、米国の政教分離は、国家と特定の宗教が結びつく『国教』を禁じて信教の自由を保障し、むしろ様々な宗教が自由に活動できるためのものだ」と話すのは、『アメリカの公共宗教』の著者、藤本寵児・帝京大講師だ。

 宗教票の動向は、今回の共和党の予備選でも注目された。同党の支持基盤には「福音派」と呼ばれる宗教保守層がある。聖書を文字どおりに信じて毎週礼拝に行く人々で、国民の3割に達するとされ、1980年のレーガン大統領の当選のころから存在感を強める。 ロムニー氏は当初、福音派から毛嫌いされた。19世紀に生まれたモルモン教は、自らはキリスト教の一派と位置づけるが、独自の聖典を持つ。これが福音派には受け入れがたいのだ。

 もっとも、藤本さんは両者の類似性も指摘する。「家族を重視し、中絶や同性婚にも反対。そしてアメリカを『神の国』とし、終末にはキリストがアメリカに再臨するという世界観で、その教えを積極的に海外に伝道しようとする考え方は、宗教的なナショナリズムに結びつきやすい」

 オバマ大統領が5月、同性婚を支持したことも大きなニュースになるなど、中絶や同性婚という聖書と結びつく争点も毎回のこと。なぜ、宗教的な価値観がこれほど問題視されるのか。
 
■多様性を包み、建国の基礎確認
 米国宗教史を長年研究する神戸女学院院長の森孝一さんは「ある程度の均質性がある日本や欧州と違い、基盤となる共通の歴史を持たない多民族国家には、自分たちは何者か、この国は何なのか、というアイデンティティーの問題がつきまとう。過去がなければ未来、つまり理念を語るしかなく、それが神と結びついて語られる」と言う。

 米国の独立宣言には「創造主によって生存、自由、幸福の追求を含む、譲り渡すことのできない権利を与えられている」とある。国家が実現すべき啓蒙主義の理念を「神」によって基礎づけて米国の歴史は姶まった。
 こうした国民統合をはかる宗教的なつながりを、森さんは「見えざる国教」と呼ぶ。それは単純に、米国で多数派のプロテスタントだけではなく、「聖書の神」を信じるさまざまな教派を包摂できるという。

 その構造を考えるうえで参考になるのは、唯一カトリックの大統領であるケネディが当選した1960年の大統領選だ。対抗馬のニクソン陣営からは、カトリックであることでネガティブキャンペーンをされた。
 「(カトリックの最高指導者の)ローマ法王に無条件に従うのでなく、自立した市民として判断でき、米国の運命を自らの運命として責任を持って担う。そうカトリックが認められて、『見えざる国教』の構成要素となった」と森さん。モルモン教徒のロムニー氏が候補者である今回の大統領選にも通じる、とも指摘する。

 大統領選は、米国とは何かを神と結びつけて確認する機会と言えよう。森さんは「多様性を認め、同時に統合しないといけない。その綱渡りの中心に神を置くのが米国の宿命だ」と話す。

【米国の宗教】
 建国の祖とされるピルグリム・ファーザーズは、プロテスタントの一派であるピューリタン(清教徒)だった。英国国教会の迫害を逃れ、理想的なキリスト教社会を築こうと北米大陸に渡った。現在も国民の5〜6割がプロテスタントで、力トリックが25%ほど。ユダヤ教、モルモン教を含め、聖書を信仰する人々が大多数を占める。

(朝日新聞 2012-10-8)



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