インド、牛肉の輸出トップに



■主力は水牛?
 国民の約8割がヒンドゥー教徒というインドでは、牛の殺生は宗教上の理由からタブー視されてきた。ところが、そのインドが今年、牛肉の輸出量で世界トップに立つ見通しだ。
 米農務省は、インドが今年輸出する牛肉量を168万トンと推計。それぞれ140万トン弱と見込まれるオーストラリアやブラジルなどを抜くとみている。来年はインドの輸出量がさらに拡大し、216万トンに達するという。

 インドにいる牛は約3億2000万頭。世界で牛は約10億頭いるとされ、その約3割がインドにいる計算になる。経済成長を背景に、インド国内での乳製品の需要が伸ぴ、飼育頭数は増加の一途をたどる。
 ヒンドゥー教の中でも宗派や階層で厳格さは異なるが、戒律を守って牛肉は口にしないインド人は多い。

 国内法でも宗教上の理由で牛を殺すことを原則禁じている。ただ、あくまでも保護の対象はメス牛と、種付け用のオス牛だ。去勢された農耕用の牛を殺すことが許されている州もあるという。水牛も保護の対象外だ。インドから主に中東や東南アジア向けに輸出される牛肉の多くは水牛の肉だとされる。

 水牛の肉質は、一般の家畜牛に比べて硬い。直接焼いて食べるよりも、干して乾燥させた水牛肉を煮込み料理で用いるのが一般的だ。
 その一部は日本にも入っているという。ところが、それらが本当に水牛なのか、実態はよくわかっていない。インド宗教史が専門の東東外国語大教授の高島淳は「インドの飲食店では、本当はビーフステーキでも(宗教上の非難を避けて)バファロー(水牛)ステーキと呼ぶ」という。

 最近では、海外の旺盛な牛肉需要を前に、牛を殺すことを禁じる法律に不満を持つインドの企業家も出てきた。「タブー視されたメス牛の肉を輸出する動きも出始めている」と、インドに詳しい専門家は指摘する。

■欧州アジアは豚北米・イスラム圏は鳥
 世界各国で、どんな肉が最も好んで食べられているのか。FAOが保有する約170カ国のデータをもとに「食肉マップ」を作ってみると、世界の食卓が見えてくる。
 2009年の統計から、世界で食べられている肉の年間消費量を順に並べると、豚肉、鳥肉、牛肉、羊肉の順になる。鳥肉には、鶏だけでなくカモや七面鳥も含まれる。

 豚肉の消費が目立つのは欧州だ。豚は、「鳴き声のほかは捨てるところがない」と言われるほど重宝されている。豚肉を使ったハムやソーセージは欧州が発祥の地とされる。1年間で消費された1人あたりの豚肉は、オーストリアの65.6kgを筆頭に、ドイツ、リトアニア、ポーランド、スペインと欧州諸国が上位5位を独占している。

 欧州に次いで豚肉の消費が多いのがアジアだ。東アジアでは、豚の排泄物が農業用の肥料になることから貴重な動物として扱われてきた。イスラム教徒を抱えるアジアでは、マレーシアやインドネシアのように豚肉よりも鳥肉が中心という国も存在する。

 イスラム教では、豚は不浄な生き物として扱われており、イスラエルとレバノンをのぞいて中東・北アフリカの豚肉消費量はゼロ。その分、鳥肉がよく食べられている。中南米でも牛肉の生産国でもあるブラジルやアルゼンチンなどを除けば鳥肉人気が高い。意外なのは米国だ。イメージからは牛肉が最も消費されていそうだが、鳥肉の消費量が牛肉を上回る「鳥肉国家」なのだ。

 米農務省の統計では、鳥の中でも特に鶏肉の消費量が、02年からの10年間に世界全体で37%も増えた。この間に豚肉が15%、牛肉は3%しか増えなかったのと比べ、伸びは著しい。
 牛肉が主流の国はどこか。牧草地が広がるトルクメニスタンやウズベキスタンなどの旧ソ連諸国で多い。1人あたりの牛肉消費量が最も多いのは、アルゼンチンの54kg。成人男性だと1回で500gの肉を平らげてしまうことも珍しくないという。

 ただ、牛肉に限れば、世界での消費量は07年をピークに近年は下降傾向が続く。米国、フランス、オーストラリアなどの先進国で減少が目立つ。ロシアでは、09年までの10年間で最も食べられる肉の主流が牛から鳥へと変わった。中国も08年をピークに、ここ数年は減少している。
 農林中金総合研究所の主席研究員、平澤明彦は「景気の悪化で節約志向が強まって安い肉に目が向き始めた。健康志向も相まって脂肪分の少ない鶏肉への傾斜が進んでいるのではないか」とみる。

 それでも、FAOはこれを一時的な減少だとみる。先進国での減少分を上回るペースで、新興国を中心に牛肉消費が伸び、世界全体では20年に09年比で15%増の約7300万トンと予測している。
 遊牧民族が暮らすモンゴルやタジキスタン、シリアなどでは羊肉が中心だ。ジンギスカン料理で有名なモンゴルは、1人あたりの羊肉の消費量が49kgと他国を圧倒している。

(朝日新聞 2012-11-18)



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