共産主義の興亡 アーチー・ブラウン〈著〉(中央公論新社)



 共産主義体制を擬人化すると受胎期から誕生、成長、そして死までの歩みを丹念に描いた墓碑銘、それが本書である。20世紀の壮大な実験の報告書ともいえようか。英国の政治学者の書ゆえか、記述の細部まで論理的、実証的に解き続けるので読む側の立場はどうあれ納得ずくで理解できる点に特徴がある。

 マルクスやエンゲルスの理想空間がレーニンによって現実空間となり、スターリンの手で現実と虚構の恐怖空間と化す。フルシチョフ、ブレジネフなどで意識の限定空間となり、やがてゴルバチョフによりその空間が解体されたわけだが、なぜ共産主義体制は20世紀の一方の軸になりえたのか。著者は本質的な見方を幾つか示す。

 たとえば「共産党の魅力の一つは、教義における不可避性の強調」と指摘する。実際に英国共産党の元党員は、これが「えも言われぬ慰めだった」と証言する。そのほかに「社会と政治を統制する道具としての共産主義制度の効率性」もあったと解説する。

 その半面でこの制度は、粛清、弾圧、投獄とも一体化していて、その抑圧体制と指導者間の権力闘争の苛酷さも内在している。粛清の数が1千万を超えること自体、病的な体制とも見られる。この体制がゴルバチョフの時代にはいれば、国際共産主義運動への帰属意識が薄れたうえに共産主義社会の建設も現実的ではなくなっている。共産主義体制はすでにその理想空間の清新さとは相いれなくなっていたというのである。それが「凄絶な失敗という結果」になったと著者は断言する。

 アジアでの4カ国(中国、北朝鮮、ベトナム、ラオス)と力リブ海のキューバに残っている共産主義体制は、いずれも「土着的革命」であり、ヨーロッパ共産主義運動とは大いに異なる。しかし、そのスターリン的抑圧体制が21世紀にどう変貌するのか、著者と共に注視したい。

 保阪正康(ノンフィクション作家)

(朝日新聞 2012-11-18) 



目次   


inserted by FC2 system