ふしぎなキリスト教 橋爪大三郎・大澤真幸〈著〉(講談社現代新書)



 今年の新書大賞を受賞した本書は、社会学者2人がキリスト教の基本概念を快刀乱麻を断つがごとくばっさり構造化して説明している。たとえば奇蹟とは何か。世界はすみずみまで合理的で誰も自然法則を動かせず、ただ神だけが法則を一時停止して奇蹟を起こせる。つまり世界の合理性が前提にあるからこそ、奇蹟の概念が成り立つのだという。世界に合理性を求めない日本の伝統とは前提が違う。
 本書が売れている背景には、二つの要因があると考える。

 近代以降の日本と国際社会の戦いは、言ってみれば普遍をめぐる戦いだった。孤立した島国に住む日本民族には、世界と勝負できる普遍性がない。だが戦後の高度成長では日本のものづくりが世界市場を席巻し、日本の生んだVHSやCDといった規格が世界標準へと達した。しかし昨今はすっかり失速し、ガラパゴスという流行語が陰欝に日本を覆っている。普遍の獲縛は一炊の夢だったのだ。われわれが世界標準を奪取できることはもう無い。そういう時代状況で人々は今、自分たちのものではない世界標準の普遍に対する憧れと「知りたい」という焦燥が高まっている。

 そして社会が不安定に陥ったとき、常に宗教はその不安の受け皿として浮上してくる。鎌倉仏教や、最近では戦後のムラ社会衰退期に急成長した創価学会もそうだ。そしていま再ぴ、日本社会は終末感に覆われ、宗教感覚を待望する空気が充ち満ちてきている。これが二つ目の要因だ。
 本書はキリスト教関係からは「単純化しすぎ」「個人的見解にすぎない」と強く批判されているようだ。だが本書はキリスト教の外部にいる日本社会が、その憧れの「普遍」を自分たちなりに咀囎し、自らのうちに取り込もうとする努力のたまものではないだろうか。

 佐々木俊尚(ジャーナリスト)

(朝日新聞 2012-4-8)



目次   


inserted by FC2 system