超常現象の科学 リチャード・ワイズマン〈著〉(文芸春秋)



 このヘンテコリンな本の著者は英国で人気の高い心理学者である。見えてはいけない幽霊を見えるようにする実践的なハウツー本と思わせておいて、じつは超常現象撲滅のキャンペーンを張るといった野暮な企みではなく、私たち人類がついに幽霊という実体も根拠もない存在を創造するに至った「心の進化」を検証する。

 本書の読みどころは二つ。まずは、今から見れば単純な心理作用にも思えてしまう幽体離脱、念力、交霊などの現象が、人々に簡単に信じ込まれた理由を示すパート。心霊写真を開発した科学者が息子と妻の臨終を待って「魂」の撮影に挑んだ話や、瀕死の患者を天秤に乗せて魂の重さを量った医師の話はすごい。超常現象を調査する欧米の専門家は、とにかく詐術を非情に暴く。評者などは、子ども時代にサンタクロースなんか存在しないよと言われ不愉快になった口だが、そういう読者も惹きつける。

 第二の読みどころは、超党現象に付随する詐術を解明しつつ、それを逆利用して読者に同じ体験をさせるマニュアルが用意される点だ。それを自分で実験すると、超能力なしで占いや念力が疑似体験できる。人間の脳はお化けを見たがっており、それを見る方法が発達したともいえる近代の背景だ。アメリカの若い姉妹が遊びで始めた「ノック音を用いる心霊との交信法」が、キリスト教社会に革新的な霊魂観をもたらしたことも例示される。

 本書はさらにカルトの洗脳など社会問題にも斬り込むが、それよりも締めの話題に選ばれた「夢を巡る尖端理論」が断然あもしろい。夢の役割とは「睡眠を守ること」であって、睡眠時もフル稼働する脳のせいで眠りが中断されないよう、錯綜する思考内容を物語に整理して落ち着かせることだという。訓練すれば夢の続きも見られるとは、すばらしい。

 荒俣 宏(作家)

(朝日新聞 2012-4-8)



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