モルディブに厳格イスラム色





■仏像に被害、黒衣装の女性増加
 世界有数の高級リゾート地として知られるモルディブ。ビーチでカクテルを楽しむ観光客を集めてきた南の島に、飲酒や女性の開放的な水着姿を禁じる厳格なイスラム思想が、じわじわと広がる兆しが出ている。
 「やつらは我が国の歴史を破壊したんだ」

 首都マレにある国立博物館のワヒド館長は、声を震わせた。昨年2月7日、12世紀以前の仏像など貴重な展示品約50点が侵入者に壊されたのだ。

 その日、ワヒドさんは午前10時前ごろにガラスが割れる音を聞き、展示室に飛び込んだ。正面玄関から入ってきた覆面姿の男数人がショーケースを床にたたきつけ、中の仏像を壊していた。ワヒドさんらは助けを呼びに行ったが、警察が到着した時、男たちはすでに立ち去っていた。
 予兆はあった。博物館に「仏像は偶像崇拝を禁じるイスラムの教えに反する。撤去すべきだ」との意見が繰り返し寄せられていた。地元ではイスラム過激派の仕業との見方が一般的だ。

 その約4ヵ月後、プログなどで宗教の自由を訴えていた活動家が何者かに襲われ、刃物でのどを切られたが、命を取り留めた。この活動家は、襲撃犯の一人が国内のイスラム関係者の名前を挙げて関与をほのめかしたと主張している。
 「偶像」とされたモニュメントが壊されたり、「反イスラム的」とされた特定の個人が襲われたりといった事件はほかにも起きている。ただ、無差別テロは2007年にマレの公園での爆発で日本人を含む12人がけがをした事件が今のところ唯一の例だ。

 必ずしも過激派の活動に結びつくわけではないが、市井の人々の生活も、イスラム色が濃くなっている。イスラム厳格派の影響が強まっているためという。イスラムの厳格な解釈に従って黒いローブとベールを身に着け、黒い布で顔を隠す女性も珍しくない。住民らは「10年ほど前には黒ずくめの女性は珍しかったが、今はふつうだ」と口をそろえる。 主婦のアミナスさん(30)は、3年前から黒いローブとベールを身に着けている。「夫と見たイスラム教がテーマのドキュメンタリi映画に影響され信仰心が強まったから。友人にも同じ格好をするよう勧めている」と話す。

 米国務省は今年公表した報告書で、モルディブについて「信教の自由が侵害された事例や、より厳しくイスラムの教えに従うよう求める圧力が増している」と指摘している。

■観光立国、揺らぐ恐れも
 モルディブの住民はもともと仏教を信仰していたが、12世紀ごろイスラム教が伝わり、定着した。
 最近までそれほどイスラムの戒律に厳しい社会ではなかった。78年から30年にわたり強権的な政権を維持したガユーム元大統領は、外国人に酒も提供する高級リゾートを中心とする観光振興に力を入れ、イスラム厳格派や過激派を抑圧してきた。

 地元英語ニュースサイト「ミニバンニュース」のロビンソン編集長は「厳格派の影響力が強まり始めたのは10年ほど前からだ」と説明する。厳格派が運営するパキスタンやサウジアラビアのイスラム神学校に留学し、その教えを広める人が出てきたのがきっかけだという。

 08年に民主的な新憲法ができ、民主化指導者だったナシード氏が初の複数政党制による選挙を経て大統領に就くと、言論の自由が広がったことで厳格派が影響力を増した。モルディブ経済の大黒柱、観光業に続く産業が育たず、若者の失業問題が改善しないといった点への不満も、背景にあるとみられる。

 モルディブに世界中から訪れる観光客のほとんどはリゾートに滞在し、開放的な水着姿で泳ぎ、アルコールを楽しむ。イスラム教では酒や豚肉の飲食はタブーだが、リゾート施設はすべて、住民のいない島々にあり「例外」とされている。
 イスラム厳格派の一部はリゾートの例外扱いに反発している。今後こうした声が強まって規制が強化されることになれば、リゾートを軸に発展してきた国のあり方そのものが揺らぐ可能性もある。

※モルディブ
 人口30万人余。インドの南に位置し、1200ほどの島からなり、うち約200が有人島で、さらにリゾート施設専用の島が100ほどある。1965年に英国から独立し、68年に共和制に移行。08年に複数政党制のもとで大統領選が実施された。昨年の海外からの観光客数は約96万人。日本からも約3万6千人が訪れた。

(朝日新聞 2013-10-3)



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