世界を地獄に放り込む「イスラム国」の脅威  



 イスラム教スンニ派武装集団として知られたISIS(イラクとシリアのイスラム国)あるいはISIL(イラクとレバントのイスラム国)が、さる6月29日に「イスラム国」として国家樹立宣言を行った。だが世界はどの国も「イスラム国」の独立を承認していない。しかしイスラム国は膨れ上がり、イラク北部からシリアの一部、さらにはレバノンにまで触手を伸ばし、中東の強大勢力になりつつある。総兵力は10万人に達していると見られるが、その3割以上は外国人のようだ。

 それもカネで雇われた傭兵ではなく、イスラム教に改宗した白人が多いという。非常に近い将来、イスラム国が「地獄からの使者」として世界中に恐怖をバラ撒くことは間違いないだろう。そんなイスラム国の深奥を探ってみよう。

■石油を売って1日3億円を稼ぐイスラム国
 
2003年のイラク戦争でフセインを排除した米英は、2004年からイラク暫定政権を支え、2006年にはシーア派連合政権を正式発足させた。しかしシーア派の内部抗争が激しく、2008年には一時内戦状態に陥ったこともある。この後、シーア派2大勢力が国家を掌握するようになり、2010年には米本隊は撤退、翌2011年末には米軍の全兵力が撤退した。

 シーア派と対立するスンニ派はISIS(イラクとシリアのイスラム国)あるいはISIL(イラクとレバントのイスラム国)という勢力として実質的に北部イラクを掌握。今年6月にイスラム国として独立を宣言した。イスラム国建国宣言の6月時点でイラクを支配するのは、マリキ首相政府が率いる政府軍、クルド人勢力、イスラム国という3者となった。

 世界第3位の石油埋蔵量を誇るイラクだが、北部地域は政府軍の力が及ぶ範囲ではない。この地域でイスラム国は手に入れた石油を売りさばき、1日に3億円も稼いでいた。イラク政府にしてみれば「盗掘された」ということだが、独立宣言をしたイスラム国にしてみれば「自国産石油の売買」に過ぎない。メジャーを中心とする石油資本にとって、イスラム国の台頭は許しがたいものがあり、堪忍袋が切れた国際金融資本は米国をけしかけ、遂に8月8日にイスラム国を狙ってイラク北部に米軍による空爆が実施された。

 イラクのマリキ政権は米軍に対し、これまでに何度もイスラム国への空爆を要請していた。しかし米オバマ政権としては、全面撤退したイラクに再度兵力を投入することは、撤退が間違いだったと糾弾されかねない。軍事費削減を掲げるオバマ政権自身、再度イラクの泥沼に戻りたくはない。それでも空爆を行ったのは、イラク北部石油利権を掌握したイスラム国を放っておくわけにはいかないと判断したからだろう。空爆は翌9日も翌々10日も続けられ、米軍空爆に支えられたクルド人兵力がイスラム国支配の2つの町を奪還した。

 イスラム国が撤退したのはこのときが初めてで、米軍の空爆がいかに強力だったか理解できる。8月11日にはマリキ首相が引退し、同じシーア派のアバディが首相になったが、米オバマ大統領はこれを歓迎。マリキのような強引さを消し、アバディに穏やかな連帯を模索することを選ばせたようだ。これによりイラク政府は、クルド族との連携だけではなく、穏健派スンニ派までもを取り込もうとする動きを活発化させていくとみられる。

■増える外国人兵、膨張するイスラム国
 イラクのマリキ首相退陣、アバディの下での挙国一致体制に、米国ケリー国務長官は「名誉ある決断を歓迎する」と、最大限の支援メッセージを送っている。米軍の強力な空爆によりイラク北部を追われたイスラム国はシリアに入り込み、態勢の立て直しを図っているが、米国はシリア空爆も視野に入れて、何としてもイスラム国を壊滅に導きたい考えを露わにしている。

 イラクが体制を立て直したと感じられた8月20日、イスラム国は以前から捕まえていた米国人ジャーナリストを殺害、その映像を公開した。このとき米国人を殺害したイスラム国側の人間は20代の英国人だとされ、キャメロン英首相もそれを認めている。英政府によると500人ほどの英国人がイスラム国に参加しているという。

 英国人500人に驚いてはいけない。ドイツ、フランスを筆頭として、これより遥かに多い人間がヨーロッパ各地からイスラム国に参加しているのだ。オランダ、ベルギーからも参入している。もちろん米国人もいる。8月末現在でイスラム国の兵士総数は10万人と考えられているが、そのうちの少なくとも2万人、最大で5万人が非イスラム圏の外国人だというのだ。その中には中国の新疆ウイグルから志願してやって来た兵士たちもいる。

 米ヘーゲル国防長官はイスラム国について、「高度な軍事力と豊富な資金力が結合した、これまでに見たことがない組織だ」と語っている(8月21日)。このとき同席したデンプシー統合参謀本部議長は、イスラム国を倒すために「シリア国内でも空爆を行う必要性がある」との認識を示している。

■懸念される911同時テロ再発
 総兵力10万人という規模は、少ないものではないが、脅威的に巨大という勢力とは思えない。そのイスラム国に対し、米国がこれほど過敏になっている理由は何か。ヘーゲル国防長官の以下の言葉から、それが理解できる。
 「イスラム国は単なるテロ組織の枠を超越している。米国はイスラム国に対する長期的な戦略を継続しており、米軍の関与が終わることはない。2001年9月の米中枢同時テロのように米本土が直接攻撃されることも含め、あらゆる事態に備える必要がある」

 「米国は長期的な戦略を追及し、考えられるすべての戦略を除外することなく検討していく」
 デンプシー統合参謀本部議長はシリアでのイスラム国を標的とした空爆も視野に入れながら、当該地域の協力組織への支援を念頭に置いた発言をしているが、ヘーゲル、デンプシー両者が共通して危機感を抱いていることは「911同時テロ」である。米国防長官や統合参謀本部議長の言葉を待たずとも、イスラム国の戦士が世界各地でテロを起こす可能性が極めて高いことが理解できる。

 イスラム国には、かなりの数の欧米人が参入している。ほんらいキリスト教徒かユダヤ教徒かの人々がイスラム教に改宗して、銃を手に戦闘に参加しているのだ。彼らはイスラム国での戦闘を終えれば、自分の母国に帰る。――イスラム国の戦士という誇りを胸に秘め、反イスラム勢力との闘争を継続するために。

 多くの米国民の頭をよぎるのは2001年の911同時テロだろう。たしかにイスラム国には米国人も相当数参入している。しかし今、イスラム国が狙う目標として最も考えられるのは、中国の新疆ウイグル自治区と思われる。

■背後で操る者たち
 イスラム国はいったいどのような歴史から生まれ、育ってきたのか。彼らを支えてきたのは何者なのか。イラク戦争でスンニ派のフセイン政権が倒され、シーア派が実権を握ろうとしたころ、彼らはスンニ派過激組織として活動を開始していた。
 その後彼らは、イラクとシリアのイスラム国(ISIS)、イラクとレバントのイスラム国(ISIL)などと名乗っていたが、その深奥にあるのは「サイクス・ピコ協定によって欧州が勝手に作った体制を打倒する」という思いだったはずだ。

 サイクス・ピコ協定とは、第一次大戦中に英仏露が交わしたオスマントルコ分割案のこと。第二次大戦後に日本を縛っているYP(ヤルタ・ポツダム)体制のようなものと考えればいいのかもしれない。とにかく彼らは英仏露が勝手に決めたサイクス・ピコ協定を引っくり返すために結集した。「イラクとレバントの国ISIL」とレバントを名乗っているところにもその主張が見えている。ちなみにレバントとはシリア、レバノン、ヨルダン、パレスチナといった中東の地域を指す。

 そんな彼らが強大な武力を手にし始めたのは、2006年にイラク政府がシーア派統一会派として成立したころである。2004年ころには「イラクの聖戦士アルカイダ」と名乗っていた組織が分裂、解体、連合の後に2006年には「ムジャヒディーン(聖戦士)諮問評議会」と名乗り、スンニ派をまとめ始めた。これがイスラム国の初期(ISISまたはISIL)の姿だ。

 彼らは当初、米国の民間軍事会社ブラックウォーターから武器を購入していた。その事実からも、アルカイダ同様に米CIAと密接な関係を持っていたと考えられる。中東地域の戦乱を拡大したい旧ネオコンが背後にいるのではないかとの噂もあったが、ネオコンが関与したという具体的な証拠はない。

 元米国家安全保障局、元米CIAのE・スノーデンは「イスラム国の指導者であるバグダディは、モサドとCIAとMI6が育てたエージェントである」と分析する。スノーデンは証拠を提示していないが、その可能性は高い。イスラム国の戦術、あるいは広報・ロビー活動を見ると、中東的イスラム的な要素は極めて少なく、欧米的でスマートな手法が目につく。米人捕虜処刑をユーチューブで配信し、「処刑した」と言っておきながら、その殺戮シーンを見せずに希望の灯を微かに覗かせる厭らしい手法など、「モサドとCIAとMI6が育てた」という雰囲気に合致する。

 さらにスノーデンは、「モサド(イスラエル)は、ISISとイランを戦わせ、スンニとシーアの両方を消耗させて弱体化するためにISISを作った」とも語っている。スノーデンのこの言葉を裏付けるかのように、イスラエルのネタニヤフ首相はこう言っている。「イスラエルや米国は、ISISとイランとの戦いを傍観し、両者が弱体化するのを待つべきだ」

 この他にも、イスラム国が確保していた石油利権をクルド人に奪わせるために米軍が空爆するなど、イスラム国の背後に米英イスラエルが関与している雰囲気は十分にある。ユダヤ陰謀論者が喜びそうな材料には事欠かないといった雰囲気なのだ。

■イスラム国の狙いは世界を焼き払うこと
 企業破綻や倒産、あるいは奇妙な事件が起きたり戦乱が拡大すると、決まって顔を見せるのが「ユダヤ陰謀論」だ。証拠など存在しなくても、「悪いことはすべて国際金融資本が仕組んだもの」と決めつけてしまう。事実、数多くの事故、事件あるいは騒乱の中には、裏に金融資本家たちの謀略があったこともある。しかし、すべてをユダヤ金融資本、あるいはロスチャイルド一族の仕業と決めつけると真実が見えなくなる。

 「ユダヤ陰謀論」とは、真実を覆い隠すための方策であり、安易にユダヤ陰謀論を唱える者は、無料で悪事に加担する協力者あるいは愚かな共犯者に過ぎない。イスラム国に関してスノーデンが「モサドとCIAとMI6が育てた」と言っていることだけを取り上げて、「イスラム国とは国際ユダヤたちの陰謀で生まれた」と分析するのは、いささか暴論である。

 なぜ暴論と断言できるか。――何よりイスラム国に参加している3万人とも5万人ともいわれる外国人の数だ。彼ら外国兵の多くは、イスラム教に改宗して戦闘の前線に立っている。イスラム国の指導者バグダディがかつてイスラエルに捕まり、モサドの洗脳によりスパイ訓練を施されたという情報が正しかったとしても、バグダディが3万人の外国兵をイスラム教徒に改宗させたわけではない。前線に立つ兵士たちは命を賭している。カネよりも命よりも大切なものがあることを知っている。

 イスラム国からそれぞれの母国に戻っていく外国人兵士の「今後」を考えると、ユダヤ陰謀論など何の意味もないことがわかる。そもそもユダヤ陰謀論の根底には、ユダヤあるいは白人が「高位」にあり、世界の一般人とくに有色人種は「下位」にあるという劣等感(優越感)が下地にある。ところが、いまやユダヤ陰謀論の足元そのものが危うくなりつつある。陰謀論者たちは、イスラム国を見てもこう言うだろう。

「国際ユダヤ資本が狂信的過激集団を背後で操っている」と。しかし現状は、真逆なのだ。陰謀論者的に言えばこうなる。
「狂信的過激集団が国際ユダヤ資本を操って資金や武器を集め、国際ユダヤ資本を叩きのめそうとしている」

 イスラム国の真の怖さは、唯物史観に則っていないところにある。有史以来、人類史は「ヒト・モノ・カネ」で動いてきた。近世以降、カネの比重が恐ろしく肥大したが、それでも「ヒト・モノ・カネ」が基本にあった。「ヒト・モノ・カネ」を基本に置く国家があり、国家間の闘争があり、国境があった。イスラム国にはその基本がない。

 イスラム国誕生に向けて、モサドとCIAとMI6が動いたかもしれない。既成の価値観が通用するのであれば、イスラム国は陰謀集団に操られる「第二のアルカイダ」で終わってしまうはずだった。だが彼らはその道を進んでいない。彼らにとって国境など意味がない。イラク、シリア、レバノンの国境に意味など認めない。国境に意味を認めない以上、彼らの戦いの場はどんどん拡大する。結集した兵士たちの母国に、その戦いの場が広がる。

 イスラム国の姿を一般論で表現するなら、「世界革命を目指す狂信的カルト集団」とでも言うしかない。イスラム教という一神教に則ったイスラム的正義に生きる思想集団なのだ。ユダヤ教やキリスト教といった、同じ位置に立つ一神教世界には、彼らを調伏できる者は存在し得ない。彼らを調伏できるのは、一神教とはまったく別次元の宗教観、哲学を持つ者だけだ。
 世界が地獄の業火に包まれる前に、日本が立ち上がることができるだろうか。

(行政調査新聞WEB 2014-9-8)



■イスラーム国
 イスラーム国とは、イラクとシリアで活動するサラフィー・ジハード主義組織である。2014年6月29日、カリフ制イスラーム国家の樹立を宣言し、アラビア語(翻字: Dawlat al-_Isl_miyya fi al-'Iraq wa-l-Sham、「イラクとシャームのイスラーム国」という意味、略称: ダーイシュ)から改称した。

 AFPの記事によると、2014年6月29日、イスラーム国家の樹立を宣言し、組織名ISIS/ISILの名を廃止し、「Islamic State イスラーム国」 を国名として採用すると宣言した。国家の樹立を宣言したが、(秘密協定によって国境線を引いてオスマン帝国を分断した側の)欧米諸国や、(引かれた国境線によって成り立っている)イラク、シリアなどの政府が認めていないのはある意味で当然のこと、さらに、周辺のシーア派・スンニ派イスラム教諸国などからも、今のところ国家としては承認されていない。

 日本も今のところ国家とは認定していない。ただし、「イスラーム国」はラッカが首都だと宣言しており、ラッカでは一般市民に税金を納めさせており、次第に国家としての体裁を整えつつある。また防衛省・保健省・電力省などの省庁を置き、各省庁には閣僚もおり、治安組織(警察組織)も持っており、パトロールカーも巡回させている。また、支配地域の住民のために、独自のパスポートも発行しているという。

 また、さらに、2014年11月13日には、イスラーム国は、独自の金貨・銀貨・銅貨を発行すると発表した。朝日新聞の採用した分析・推測では、独自通貨を発行・流通させることは経済の統制を強める狙いもあるが、国家としての正統性を高める狙いもあるとされる。これらのお金の単位は、(「イスラーム国」のメンバーらが、この地域の本来の あるべき姿だと思っている)オスマン帝国が用いていた通貨名・硬貨名と同じ、「ディナール」や「ディルハム」などである。

 硬貨のデザインとしては、アルアクサー・モスクなどイスラム教に関係する絵柄が描かれており、(通貨名および)図柄により、「イスラーム国」のことを、イスラム国家であったオスマン帝国を継承している 正統性のある存在として、各地のムスリムたちに認めてもらおうとする狙いがあるとしている。しかしながら、イスラーム国自身の説明においてはオスマン帝国のことには一切触れられておらず、ウマイヤ朝のカリフであるアブドゥルマリクによる金貨が起源であるとの説明がなされている。

 またイスラーム国は、支配する域内で今まで流通してきた(そして「専制国の通貨システム」として彼らが忌み嫌っている)米国のドルやイラク・ディナールを使用することは止めて、今回発行することになった独自通貨を使用するよう勧めている、という。
 シリア人など現地の人々だけが組織のメンバーになっているわけではなく、イスラム国は外国でもメンバーを募集しており、世界80ケ国から1万5000人の戦闘員が集っている。

 NHKの取材によると、同組織では、シリア人よりもむしろ外国人戦闘員のほうが信用されているという。というのは、外国からわざわざ指導者に忠誠を示すためにやってきたのだからだ、という。外国人戦闘員は、現地人の5〜10倍の給料が支払われているという。
 インターネット上のソーシャルメディア (SNS) を用いて、全世界の若者に協力を呼び掛けているという特徴があり、しかもその広報が洗練されていて品質がプロ並みになっているという特徴があるという。

(Wikipedia)



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