ヒトラーは、ヨーロッパが生んだ



 「ヒトラーはヨーロッパが生んだ」というのが真実なんです。
 ヒトラーはナチ党に途中から入党しましたが、その演説の妙の才能を買われ、党内でめきめきと頭角を表わして行った。最初ナチ党はほんの小さな政党に過ぎなかったんですよ。じゃあそういう弱小の党がどうやったら政権を握れるのか。
 その答えが『我が闘争』なんですが、あれは今の日本で言うマニフェストなんです。ヒトラーはあそこに書かれている通りのことを実行した。

 戦費賠償で喘ぐドイツを再び強国にし、世界一優秀なドイツ人が全世界を支配すると。そのために劣等民族であるユダヤ人、ロマの民、有色人種、共産主義者などを排斥し、純粋なアーリア人の血を守るのだと。

 で、ユダヤ人に関しては元々キリスト教徒であるヨーロッパ人はみんな嫌っていたんです。シェークスピアの『ベニスの商人』にもあるように、その歴史は長い。だからヒトラーがユダヤ人を攻撃することは、多くの人々に受けたんです。ナチ党はその政策を掲げ、多くの人々に熱狂的に受け入れられる。特に財閥の後押しを受けて、ナチ党は急速に拡大していく。

 1935年9月にナチ党はニュルンベルク法を制定し、ユダヤ人の社会的地位を奪うことを堂々と行なった。この政策はドイツ国民だけでなく、ヨーロッパの諸外国にも概ね好評だった。そして「水晶の夜事件(Die Kristall-Nacht)」が1938年11月9日に起きる。これはヒトラーがSA(突撃隊)に命じ、エルンスト・レームが実行したユダヤ人商店への徹底的な攻撃だった。店のガラスは全て割られ、それが水晶のようにキラキラと輝いて散ったからこういう名前がついた。つまり、人々はその行為を美しいと感じたわけだ。

 ナチ党の拡大とユダヤ人政策についてはH.J.デッシャー著『水晶の夜』に詳しいし、ヒトラーのユダヤ人政策の真実については彼の最も信頼する側近であったアルベルト・シュペール著『ナチス狂気の内幕』が最も信頼できる。ユダヤ人政策が無ければナチ党は政権を握れなかったし、第一次世界大戦で軍備拡張を制限されていたドイツは戦争も出来なかった。

 ヒトラーが条約を無視して軍備拡張を行なっていたことはフランスもイギリスも知っていた。しかし自分達がドイツに対してあまりに過酷な要求を強いていたことに後ろめたい思いがあったのと、ユダヤ人政策が国民に好評だったこともとがめなかった理由の一つになっている。
 ヒトラーが1939年にポーランドに侵攻したことが第二次世界大戦の始まりになったわけですが、その前のオーストリア併合なんていうのは認められていたんですから。ヒトラーはポーランドを数週間もかからずに占領し、ポーランド系ユダヤ人を隔離した。それは戦争に勝つためには面倒なことなんです。

 ヒトラーがそれをやったのは、単に有言実行の人だったからです。ああ、ヒトラーが負けたのは戦略的にはロシアとイギリスの二方面作戦を展開したから。イギリスをきっちりと仕留めてからロシアに向えば、勝ってた可能性は高い。
 ナチスのユダヤ人迫害が騒がれたのは戦後です。要はヒトラーが負けたから。日本もそうだけど、負ければ惨めなものなんです。どんなこと言われてもしょうがない。

 戦後はユダヤ人が世界の表に出てきた。要するに世界中のユダヤ人が手を握り、グローバルな戦略を展開したから。大手マスコミを操作し、金融を動かし、自分達の地位を確立した。その象徴がイスラエル建国なんです。迫害されている者の地位が低いというのは間違いです。何千年も流浪しながら世界中に散らばって生き抜いた民族が弱いはずがない。彼らはどうすれば自分達の地位を守れるのかを骨身に沁みて知っているんです。だから大掛かりに組織的にユダヤ人を迫害したナチスを攻撃することで、自分達の正当性を訴えることになることを知っている。

 イスラエルを観ればわかるけど、イスラエルに向って銃弾を放てば、たちまちミサイル攻撃をする。あの異常な好戦性は、イスラエルという国を存続させるために必要なんです。何しろいろいろな宗教の聖地を力任せにもぎ取った国なんですから。周りが全て強烈な敵なんです。彼らはそこに国を作った。
 キブッツというところで、子供は一定の年齢になると男女共に親元を離れて暮らす。そこでは徹底的に愛国心を叩き込まれ、兵士として国のために戦う人間にするべく教育される。ありとあらゆる努力をしてユダヤ人は自分達の地位を守っているんです。

(Yahoo! 知恵袋 2010-6-14)



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