日本への原子爆弾投下  



 日本への原子爆弾投下は、第二次世界大戦の末期に当たる1945年8月に、アメリカ軍が日本に投下した二発の原子爆弾による空爆である。人類史上初めて、そして今のところ唯一核兵器が実戦使用された例である。
 1945年8月6日に広島市に投下、1945年8月9日に長崎市に投下

■2013/12/12 15:10
 原爆使用の目的は以下です。
1:原爆(2種類)の効果を、実際の都市や人間で確かめ、データをとる事。
2:他国に使用可能な核保有国であることを示し、戦後の国際関係で優位に立つ為。

(1)についてですが、上記の目的を満たす為に、投下する都市は以下のような経緯で選ばれています。
A:周囲を山に囲まれた直径3マイル以上の市街地を持つ都市。
 アメリカは、上記の条件をより満たす為に、広島への空襲を停止して建築物を保存し、人口を集中させました。

B:警告無しの使用の決定
 トルーマン大統領は、自分が設置した暫定委員会で、原爆の使用は「労働者の住宅に囲まれた軍需工場に、事前の警告無し」で行われるべきだと語り、そのように決定しています。(開発に携わった科学者は、無警告の原爆投下に反対しています。)

 この質問は過去にも何度か出ており、警告については、連合軍は爆撃前にビラをまいて避難を呼びかけていたという意見がありますが、それには【広島】と【小倉】は入っていません。
 実は、小倉は広島と同じ理由で選ばれていましたが、爆撃機が航路を誤って、長崎に落してしまいました。長崎の投下地点の真上には、日本に始めて建設された「教会」がありました。(アメリカはこの事を隠していますが)

 アメリカの原爆の使用について、日本が降伏をしなかったからだという意見もありますが、それは間違いです。当時の日本は条件さえ合えば降伏(というか講和)をするつもりでした。しかし、アメリカは曖昧な降伏条件(国体の護持、天皇制の維持等が保証されていない)を出すことで、日本が降伏できないようにして、原爆を使用する準備をしました。(降伏条件の起草段階では天皇制の維持が含まれていましたが、トルーマンはこの部分を変更しています。)

 ただ、これについてはいつまでも戦争を続けていると、ソ連が参戦してしまい、戦後処理についてソ連に発言力を与えることとなり、タイミングが難しい作戦でした。(実際そうなりました)

 日本は上記のような条件が不明な状態で降伏した場合、国が消滅する事もありえるので、安易に降伏はできませんでした。更に、降伏後に天皇が処刑された場合、国民や軍部が政府の意向に関係なく戦闘を行う場合もありえます。そのような内戦になった場合、中ソが介入して朝鮮やドイツのような分断国家になり、冷戦の最前線になってしまう事も考えられます。

 以上から、敗戦後の外交や政治まで考えれば、安易に降伏できる状態ではありませんでした。そもそも、原爆の使用自体が、民間人の虐殺という国際法違反であり、日本が降伏しないことを理由に正当化するのは間違いです。

 原爆の使用について、東京裁判で糾弾されていたという意見もありますが、それは誤りです。原爆については、日本の弁護についたアメリカ人(ブレイクニー氏)が語っていますが、その目的は下記を指摘することで「裁判自体の無効」を訴えるもので「原爆の使用そのもの」を糾弾するものではありません。

【戦争は国家の行為であり、戦争指導者であっても個人に責任は発生しない。なので、日本の戦争指導者が個人として責任を追及されているのは間違っている。日本人が「個人」として裁かれるなら、原爆の使用を決定した者も裁かれるべきである。】
 それに、彼の意見は、裁判所の意向に拠って却下されています。

 この類の質問ではよく言われることですが、戦争は政治であり、外交の一手段です。である以上、国家間の約束や契約である条約は守る必要があります。戦争では【国際法】がそれにあたります。
 そして、【法】である以上、一国の【都合】や【政治的判断】とやらで解釈や判決が変えられるべきではありません。勝てば何をしても不問になるなら、国際法は無意味になります。

 質問者様は、WW2が人種差別との戦争であると言われている事をご存じないのでしょうか。またアメリカ国内の人種差別を知らないのでしょうか。アメリカには1964年までジム・クロウ法という、黒人は白人と同じ公共施設を使用できないという内容の法律がありました。こんな法律があるくらいなので、民間でもそれぞれ専用の店があり、トイレも分離されていました。

 徴兵されたアメリカの黒人兵は、【何故我々が、白人と戦っている日本人と戦争をしなければならないんだ】と言っています。
(アメリカ軍内では、戦闘では黒人がまず先に出され、枢軸軍に応戦させて位置を調べてから、砲撃をしています。)
 黒人だけでなく、日系人(アメリカ国籍)も差別の対象でした。

(アメリカ政府は、アメリカ国内の日系人社会の動向を、黄色人種に対する人種差別的感情を背景に(実際に同じく敵国であったドイツ系やイタリア系アメリカ人については、大がかりな強制収容は行われなかった)不安視していたことなどから、1942年2月以降に、アメリカ西海岸に居住していた日系人と日本人移民約12万人は、ほとんどの財産を没収された上で全米に散らばる強制収容所に強制収容された。)

 同じアメリカ人同士ですらこの有様なので、日本人への扱いは更に酷いものでした。

■2013/12/12 11:34
 ほとんど知られていないのですが、アメリカの原爆に対する人体実験ともいえる行為のえげつなさっていうのは、あのソ連さえ上回るのではないかと思われるほどですよ。

 東西冷戦の頃、各地で原爆実験が盛んに行われていたのですが、今でも残る映像を見ると、アメリカ軍の兵士が実験場できのこ雲に向かって前進するものが残っています。それで後で兵士の健康を調査して「あー大丈夫だね」とかやってたんです。にわかには信じがたいけど、本当の話しです。自国の兵士にもそんなことをするくらいですから、内心劣等民族だと蔑んでいる相手だと心の敷居はずいぶん下がるのではないかと思います。

 ちなみに当時のアメリカ人が日本人をどう思っていたのかが分かるこんなエピソードがあります。
 太平洋戦争で、アメリカ兵の間で流行った土産が「日本兵の頭蓋骨」でした。頭を切り取って袋に入れて海の中に入れておくと魚が食べて、あとで灰汁で洗うとかいってたかな、きれいな頭蓋骨の作り方というレシピも兵士の間で密かに出回っていたそうです。海軍が「日本兵の頭蓋骨を土産物として持って帰ることを禁止する」というお達しをわざわざ出したので、禁止しなきゃいけないほど流行っていたということです。

 なぜそんなものが流行したのか? つまりあれですよ、ハンティングすると鹿の頭とかを剥製にして飾るでしょ。あれと同じ感覚です。平均的アメリカ兵は日本人を同じ人間としては見ていなかったというわけです。なにしろ黒人差別を撤廃する公民権運動が盛んになるのは戦後20年くらい経ってからですからね。

 映画「猿の惑星」の原作は、作者がイギリス兵として日本軍の捕虜になった経験に基づくという話は有名ですよね。つまり、あの映画に出てくる「知恵がついた猿」とはつまり日本人のことなのですよ。

■2013/12/12 11:26
 米軍は原子爆弾を3個作ったのです。プルトニム爆弾のガジェットとファットマン。ウラニウム爆弾のリトルボーイ。ガジェットは45年7月16日にホワイトサンズ射爆場で爆発実験を行いました。残る2個を実戦に投入したのです。

 広島に落としたのがリトルボーイです。これは爆発実験をしていないので成功するか分からない爆弾でした。結果は、早期爆発を起こしてしまい本来の性能を発揮しませんでした長崎に落としたのはファットマンです。これはガジェットで爆発する事が証明されていました。

 何故2種類あるのかですが、原爆の材料にはプルトニウム239とウラニウム235があります。最初に開発が開始されたのがウラニウム235をガンバレル方式(ウランとウランをぶつけて核分裂反応を起こさせるリトルボーイです。続いてプルトニウム239をガンバレル方式で反応させるシンマンの開発に着手します。ですがこれはプルトニウム240の自壊いによって早期爆発する事が分かり中止になります。

 三番目が爆縮方式のガジェットとファットマンです。プルトニウム239を32個の特別な信管を用いて一挙に圧縮させる事で爆発させる物でした。
 結局完成したのがMk1リトルボーイとMk3ガジェットとファットマンだけだったのです。当時、米軍は財政難で新規に爆弾を生産する余裕もありませんでした。残るはこの2個の爆弾だったのです。

 原爆を落とした航空隊は509爆撃隊ですが、6月頃にテニアンに赴任します。この部隊の無線コードが発信させると日本で大型爆弾(英国が開発したトールボーイ5t爆弾)が投下されたのです。日本側もこの部隊が特殊な部隊だという事を知ります。

 8月6日、この部隊が出撃した事を知ります。原爆を積んでいる事も判りました(当時、米軍の暗号は日本側に解読されていました)。日本は無線を傍受し続けて追尾を続けます。日本の防空識別圏(戦争中防空識別圏はありましたので)に2編隊が侵入します。どちらかが原爆で何処へ向かうのかは判りませんでした。

 7時40分頃、東側の編隊が原爆だと判明します。目標も広島だという事が判りました。ですがこの時点で防空隊が出撃出来る時間は残っていませんでした(戦闘機を飛ばすには30分程時間が必要なのです)。警報も通勤時間に重なっていて難しい状態にあったのです。そして8:16が来ます。

■2013/12/12 10:52
(アメリカが日本に原爆を落としたのは、実験の意味もあるのでしょうか?)

 当然です。原爆の単に威力を日本に見せるだけなら、東京に近い海に落としてもいいわけです。でも、それでは建物への破壊力、人体への影響のデータが得られません。なので、ターゲットとなった都市は、通常爆弾での爆撃をしないでおいて、原爆のみの破壊力が測定できるように温存していました。
 
(だけど、実験で何十万という人間が死んでしまうわけですから、アメリカが実験でそのようなことをするのかなとも思います。)

 当時は、殖民地や欧米の本国において、黒人というか有色人種は家畜のように思われていました。有色人種は人間ではなく家畜同然ですから、日本国民(イエローモンキー)を原爆で何万、何十万人殺しても罪にはならないという考え方だったのです。そういう人種差別・植民地支配に反対するのが大東亜戦争の目的でもありました。

 東京大空襲も、日本家屋のモデルを作って実験して、いかに効率良く焼き殺すかというデータを集めたあとに実施されています。まあ、そういう意味では、科学的・実証的・論理的に戦うのが米国だといえるでしょうね。

■2006/12/21 02:04
 原爆は日本に落とされたが、目標はソ連にあったと考えています。米国は日本上陸戦をするにあたり、関東軍の帰国を非常に懸念。関東軍を大陸に足止めするためヤルタ会談でソ連に対日戦への参加を要請、見返りとして極東に「主にソ連が影響力を行使する地域」と「米国が影響力を行使する地域」を線引きした(つまりソ連の領有を認めた)。

 その条件は、A:ソ連が連合国に加わり、B:対日戦に参加、C:日本が降伏 というもの。(これが「ヤルタの密約」)
4月、ルーズベルトが急死し、トルーマンが大統領に就任。
7月、米国原爆実験に成功。

 同月、ポツダム会談。ここでスターリンはトルーマンに「ヤルタの密約は今でも友好か」しつこく尋ねた。「ソ連は領土にしか関心が無く、戦後の平和には興味が無い」そう感じたトルーマンはポツダム会談からソ連を排除。(対日戦には原爆を使えばソ連を頼る必要はない)これでAの条件が消えたので領土は渡さなくて良いはずだったが、ソ連は勝手に連合国に加わっていることを宣言したため米国は次の策をとる。すなわちソ連が参戦する前に日本が降伏すればよいのだ。

 米国は原爆の製造を急ぎ、米国の意図を察したソ連は極東軍に開戦準備を急ぎに急がせた。8月になるとソ連の参戦と日本の降伏のどちらが早いか、タイムレースの様相を呈した。
 
 以後のことはご存知のとおり。原爆は日米間の戦争終結をある程度早めたかもしれませんが、米国の第一目的は達していない。
 日本は開戦当所からソ連を仲介とした講和を考えており、この頃近衛文麿を特使としてモスクワに派遣する計画で、モロトフ外相に了解を取ろうとしていた。しかしモロトフは”出張”のため話は進まない。(モロトフはポツダムへ行っていたが、日本は知らなかったようだ)
 なお、ポツダム宣言の原本にはトルーマン、チャーチル、蒋介石のサインがあるが、全部トルーマンがサインしたとか。

■2006/12/20 12:12
 原爆は「戦争を早期に終わらせるためには使用されていません」。日本軍は8月5日の時点で既に、ソ連に対してポツダム宣言の受諾を打診しています(条件交渉を開始していたという事です)。ですから、この情報を入手してさえいれば、原爆など落とさなくても日本本土での地上戦は避けられるという見通しは立ちます。それが見通せないようなら、国家指導者失格です。

 ただ、この点で不幸だったのは日本が交渉を打電したソ連自体が、不凍港の確保を目的に南下してきた事です。ソ連としては日本が降伏する前に、不凍港を占領・確保する事を目指しましたので、雪崩を打って南下してきました。さらに、ソ連のこの動きがアメリカに「ソ連に対する警戒心」を起こさせ、「核抑止力」を行使させる決断をさせました。

 皮肉な事に「日本が降伏しようと考えたから、原爆が落とされた」のです。現在アメリカでいわれている事の「正反対」が事実です。
 当時は「日ソ中立条約」が締結されていましたので、日米に対して「ソ連は友好的な第三国」と(日本政府には)考えられていたのです。結局ソ連は条約を一方的に破棄して、8月8日に対日戦へ参戦します。

 他にも「原爆の人体実験」もあります。平野部としてヒロシマ、狭隘地としてナガサキを選び、「兵器としての効果範囲」を正確に測定・記録しました。実験ですから、戦略的価値などは無関係に選ばれています(京都、奈良も候補地でしたが、既に焼け野原になって効果が測定できない東京は候補ではありませんでした)。

(「WEB:教えて!goo」)



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