ハングルを捨てた韓国、復活させた日本



「韓国「ハングルは最も優れた文字、日本の学者も絶賛」=中国(サーチナ 10月10日(月)12時54分配信)

 中国メディアの環球時報(電子版)によると、韓国YTNテレビ局のホームページに9日、「ハングルは知識の革命」という題の論文が掲載された。その論文は「ハングルは人類が創造した文字の中で最(もっと)も優れたものだが、韓国人自身がその優秀さについて説明できないことがよくある」と述べ、日本のある学者が行なったハングルの優秀さを示す分析を紹介している。

 日本国際教養大学の客員教授、野間秀樹氏はインタビューの中で、「ハングルの体系を一言で表わすならば、それは『とても奥深いもの』だ」と述べた。野間氏によるとハングルは「ただ発音するだけのものから文字体系へと変化していったもの」であり、「1000年以上の漢字の歴史においてハングルの誕生は『一つの奇跡』と呼ばざるを得ない」と述べた。

 記事によると、ハングルは韓国語(朝鮮語)を表記する文字であり、李氏朝鮮の第四代国王世宗(せいそう)大王が15世紀、学者たちに命じて創り上げたものだ。それまで朝鮮人は漢字を用いて自分たちの言語を記録していた。

 朝鮮王朝は1446年、この新しい文字について説明した漢文解説書「訓民正音」を刊行した。当時、崔万里を含む多くの朝鮮学者はこの文字の制定に反対した。なぜならこれらの学者たちは、「漢字を捨てるということは中国文明を失うことを意味する」と考え、韓国が「野蛮な異民族」となることを恐れたのである。(編集担当:及川源十郎)」



 このところハングルはすばらしい、インドネシアでも、というような記事が目に付きましたが、韓国はハングルを捨てたこと、そして日本が復活させたことは、どこも書かないようです。サーチナの記事がちょっと惜しく、”「野蛮な異民族」となることを恐れたのである”というところまで書いています。

 それで、1504年、ハングルの教育は廃止され、書籍は燃やされ、1506年にハングルは廃止されたのです。韓国はハングルを捨てたのです。ハングルが再び世に出て鼓吹されるのは19世紀末の日清戦争後であり、正式に使用され始めるのは20世紀に入って日韓合邦になってからです。日本は朝鮮から文化を奪ったのではなく、朝鮮の文化を復活させたのです。

 明治5年(1872年)、対馬に朝鮮語学所が設置され、翌年、釜山に移転します。朝鮮語の研究は日本の独壇場でした。朝鮮語研究で知られる功労者は金沢庄三、小倉進平が挙げられます、近代朝鮮語を科学的に体系化し、言語として完成させたのです。日本が朝鮮語研究に熱心だったのは清国の文化から離脱して独自性を強調させるためでした。

 日本は朝鮮が清の属国から抜け出し、真に独立することを望んでいました。そして日清戦争後、韓国は独立を果たし、公文書での漢文使用が改められ、漢字・ハングル交じりの新訂国文が交付されました。漢字・ハングル交じり文は福沢諭吉が提案したものです。ハングルが韓国の全国民に教えられ始めたのは、日韓合邦後の明治41年(1911年)になります。(※1)

 ハングルが閉ざされた400年、独自言語の発達がなかったせいでしょうか。ジャーナリストの高山正之氏によると「朝鮮人は、ものすごく言葉に不自由」と言います。例えば悲しいとき日本人は「悲しい」と表現するだけでなく、「わーん、わーん」とか「えーん、えーん」、「めそめそ」「しくしく」「わあわあ」というように表現方法はいろいろありますが、朝鮮人は漢字で泣くのです。

 「哀号(アイゴー)」。「ありがとう」というのも「感謝(カムサハム)」という漢語の言い回しで代用しています。朝鮮語には語彙(ごい 言語に表れる単語の総称)が少なく、韓国人は短気でかっとなりやすいのは語彙不足による「意思が伝わらないもどかしさ」が根底にあるという言語学者もいるそうです。(※2) なるほど、「火病(ファビョン)」(※3)という民族的症候群はここからのようですね。

※1 扶桑社「日本の植民地の真実」黄文雄(著)を参考
※2 ワック出版「歴史通」2010.7月号、高山正之「奴隷のいた国、いない国」より
※3 極度に怒りを抑える事によって強いストレス性の障害を起こす疾患のこと。アメリカ精神医学会において、1996年に文化依存症候群の一つとして登録された。WikiPedia「火病」より。

(WEB:かつて日本は美しかった)



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