ユダヤ教

モーセ


1.概略
 ユダヤ教は、エホバ(ヤハウェ)を唯一神とするユダヤ人の民族宗教です。ユダヤ人はエホバの戒律を守り、エホバはユダヤの民に特別の恩恵を与えて守る、とする契約の宗教で、ユダヤ人はエホバに選ばれた民族であるという選民思想をもっています。キリスト教やイスラム教の母胎となりました。信徒数は約1400万人(1996年)。

2.教祖・重要人物
「モーセ」
 モーセはイスラエル人のレビ族の父アムラムと母ヨケベドの間に生まれ、兄アロンと姉ミリアムがいました。当時、イスラエル人たちはエジプトで奴隷として使役されていましたが、モーセは数々の妨害を打破して、彼らをエジプトから連れ出すことに成功しました。(出エジプト=エグゾダス)

 シナイ山で神ヤハウェから十戒を授かってイスラエル人たちに与えたので、立法者と呼ばれています。
 モーセとイスラエルの民は、40年もの間シナイ半島の荒野をさまよい、約束の地カナンにたどり着きますが、モーセ自身はカナンを目前にして120歳で没したといいます。

3.教典
「ヘブライ聖書」
 39の文書からなる「旧約聖書」で、前4世紀頃編集されました。なお旧約聖書という名称はキリスト教側の呼び方で、ユダヤ人自身はミクラー(読むべきもの)ないしタナックと呼びます。特に重要なのは「律法(トーラー)」と呼ばれる冒頭の5書(モーセ五書=創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)です。

「タルムード」 
 正典ではないが、ユダヤ教の知恵の結晶といわれる律法の注釈書。ミシュナ(口伝の律法)とゲマラ(注釈)を集大成したものです。

4.教義・戒律
 ユダヤ教の信仰は、神を唯一の存在であると信ずること、ユダヤ民族はこの神に選ばれた民族であると信ずること、この神の教示された信仰生活が唯一の道と信ずることです。 これらは、「十戒」に教示されています。

「十戒」
 1.ヤハウェが唯一の神であること
 2.偶像を作ってはならないこと(偶像崇拝の禁止)
 3.神の名をいたずらに取り上げてはならないこと
 4.安息日を守ること
 5.父母を敬うこと 
 6.殺人をしてはいけないこと
 7.姦淫をしてはいけないこと
 8.盗んではいけないこと
 9.偽証してはいけないこと
 10.隣人の家の物をを欲してはいけないこと

 ユダヤ人は2000年以上にわたり、律法を中心とした厳格な宗教生活によって、民族としての自己同一性を維持し続けてきたのです。

5.宗教行事・祭礼
「過越の祭」出エジプトを記念する祭り。

6.宗教生活・礼拝方法
「安息日」
 毎週金曜日の日没から土曜日の夕刻までは、安息日として一切の世俗的仕事を離れますが、この安息日における会堂(シナゴーグ)での集団の祈りでは、祈祷と共に律法朗読がなされます。

「食生活」豚肉や魚以外の水産物の禁止
「割礼」男子は、誕生後8日目にペニスの包皮の切除を行う。
「バル・ミツバ」
 ユダヤ教の成人式で男子は13才、女子は12才(バット・ミツバ)で行う。ミツバとは、「義務を負う人」という意味。

7.象徴(像・シンボル)
「ダビデの星」
 ユダヤ教、あるいはユダヤ民族を象徴するしるし。二つの正三角形を逆に重ねた六芒星(ヘキサグラム)といわれる形をしておりイスラエルの国旗にも描かれている。日本の篭目紋に似ている。このしるしは、古代イスラエルのダビデ王に由来するとされるが、実際には後からできていったものである。ナチス・ドイツによるホロコーストにおいて、ユダヤ人は、目印として黄色いダビデの星をつけさせられた。(より詳しく)

「メノラ」 7本に枝わかれした燭台。イスラエルの国歌紋章にも使われている。


8.歴史
 前15世紀頃、ヘブライ人(自らはイスラエルと称す)が、メソポタミアからシリア南部のパレスチナ(カナン)に移住しました。一部はエジプトに南下したが、前13世紀、新王国の始め頃、王の圧政に耐え兼ねてモーゼに率いられてエジプトを脱出(出エジプト)しました。シナイ山でモーセは十戒をはじめとする神との契約を結びました。その後、パレスチナに入って定住しました。

 イスラエル王国は、ダビデ・ソロモン両国王(前10世紀)のあと南北に分裂し、北のイスラエルはアッシリアに、南のユダは新バビロニアに滅ぼされました。ユダ王国は滅亡と同時に多数の住民が捕虜としてバビロンに連行されました(バビロンの捕囚 前586〜538)。
 イスラエルの12部族のうち生き残ったのはユダ族だけであり、ここから彼等はユダヤ人と呼ばれるようになりました。この捕囚の間にゾロアスター教の影響をうけ、天使、地獄、悪魔、終末などの考え方を得たといわれています。

 ヘブライ人の間では、出エジプトやバビロンの捕囚などの民族的危機を経て、唯一神エホバ(ヤハウェ)を信じる一神教が生まれ、神に選ばれたユダヤ人のみが救われるという選民思想や救世主を待望する観念が盛んになりました。やがて、ヤーヴェ神殿を再興し儀式・祭祀の規則を定めて、ここにユダヤ教が成立しました。

 その後、一時独立の王国ができましたが、西暦70年、ローマに征服されます。
 ユダヤ人はその後、2000年以上にもわたって、離散(ディアスポラ)の民として世界をさまよっていましたが、1948年に念願のイスラエル共和国を建国させました。

9.宗派

10.その他
「なぜユダヤ人を迫害するのか」
 キリスト教はユダヤ教から生まれましたが、392年ローマの国教と認められて以後、飛躍的に拡大しました。それは同時にユダヤ人への組織的迫害の始まりでありました。
 ユダヤ人にはキリスト殺害者のレッテルがはられ、神の子イエスを殺した以上、死の報いを受けても当然だとされました。キリスト教は、信者に教義とともに強烈な反ユダヤ感情を植え付けました。ユダヤ人にとっては、ただ同じユダヤ人の犯罪者を処刑しただけなのに、永久に世界中を逃げ回らなければならないことになりました。

 中世には、土地の所有は認められず、多くのユダヤ人は、商業に携わるしかなかったのです。一部は最も軽蔑される「金貸し」として成功しました。十字軍によるユダヤ人への襲撃、虐殺は中世を通じてやむことがなかったのでした。
 各国は次々にユダヤ人追放令を出し、魔女狩りや異端尋問でも無数のユダヤ人が虐殺されました。スペインは、8世紀に入って、イスラム教徒に支配されますが、ユダヤ人に対しては、ローマ教会のような圧迫は加えませんでした。それで、スペインはヨーロッパにおける最大の基地になりました。1492年、スペインの追放令が出るまで。

 フランス革命(1789年)とともにユダヤ人解放が始まりますが、19世紀後半、ナショナリズムの高まりとともに、東ヨーロッパでは再びユダヤ人迫害(ポグロム)が始まりました。その後、ナチスはゲルマン民族の優秀性をとなえ、劣悪な民族であるユダヤ人を撲滅しようとしました。

「イスラエル建国の意味」
 イスラエル建国にはイギリスの二枚舌外交など、さまざまな経緯があるが、ナチスの迫害がなければ、イスラエル建国もなかっただろう。キリスト教国は、結果的にユダヤ人問題をヨーロッパから追い出すことに成功した。イスラエルを援助し、アラブ人を極悪非道のテロリストに仕立てあげることで、ユダヤ人問題をパレスチナ問題に転化させたのである。

「パレスチナ難民」
 1948年のイスラエル建国でパレスチナの居住地を追われ、周辺国に逃れた人とその子孫たち。国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)によると、06年現在で約440万人。うちガザ地区に100万人、ヨルダン川西岸に70万人が住む。レバノンには12のキャンプに40万人。帰還権は国連総会決議が認めているが、イスラエルは拒否している。
( 2007-06-17 朝日新聞 )

「ユダヤ人学者・文化人」
 皮肉なことにユダヤ人への迫害が、ユダヤ人自身をきたえ、多くの学者・文化人を輩出している。キリスト教文化への反発が根底にあるのだろう。

 スピノザ=オランダの哲学者 
 マルクス=科学的社会主義をとなえた哲学者
 ベルグソン=創造的進化を説いたフランスの哲学者
 フッサール=現象学の創始者
 カフカ=変身、審判のオーストリアの文学者
 プルースト=失われし時を求めてのフランスの文学者
 フロイト=精神分析を創始した心理学者
 アインシュタイン=相対性理論で有名な理論物理学者
 レビ・ストロース=フランスの構造主義者
 デリダ=フランスのポスト構造主義者

ユダヤ人は人類のリーダー?
 あらゆる専門学の基礎を造っているのはユダヤ人です。人類はユダヤ人の学問についていくしかないのです。これがいいか悪いかについては、各人の好みによるでしょう。現世主義に非常に賛成する人もあり、反対する人もあります。結局ユダヤ人についていくしかないのです。
 世界観、人生観は、それぞれの好みがありますから、いいか悪いかは言えませんけれど、とにかく現世において肉体的に生活するため、経済的に生活するための世界観、価値観はユダヤ人によってつくられたのです。

 現在、スポーツが盛んに行われています。オリンピックを造ったのはユダヤ人ですし、映画、テレビを普及させたのもユダヤ人です。セックスについての考えもユダヤ人からきているのです。これらはすべてユダヤ主義なのです。ユダヤ人が意識的に世界を統一しようという考えがあってもなくても、そういうリーダーシップをとる能力性を持っている民族はユダヤ人しかいないのです。

 白人文明は白人社会の中にいるユダヤ人の文明です。アメリカが今日のように発達した原因は、アメリカにいるユダヤ人の仕事です。これは不思議でも何でもない。当たり前のことです。ユダヤ人はそういう能力を持っている。他の民族は、全世界のリーダーシップをとり続けるという世界観を持っていない。そこが違うのです。(より詳しく)

「嘆きの壁」
 70年、ローマ軍によって破壊されたエルサレム神殿の残された一部。 ユダヤ人はこの壁に額をつけ、神殿の荒廃を嘆き、涙を流してその回復を祈ります。壁の上はムハンマドが昇天した場所であり、 ムスリムにとっても重要な聖地であります。その事から、現代になっても何度も悲劇が起きています。

「シオニズム運動」
 シオニズム運動とは、イスラエルの地(パレスチナ)に故郷を再建しよう、あるいはユダヤ教、イスラエル文化の復興運動(ルネサンス)を興そうとするユダヤ人の近代的運動。「シオン」(エルサレム市街の丘の名前)の地に帰るという意味です。
 ユダヤ人への冤罪であるドレフュス事件を取材していたオーストリア人記者ヘルツルは、ユダヤ人自ら国家を建設し諸外国に承認させることを訴えました。そして1897年バーゼルで第1回シオニスト会議を主宰。後にヘルツルは建国の父といわれます。

「ロスチャイルド家」
 ロスチャイルド(Rothschild)は、イギリス・フランスで金融業を中心に活動しているユダヤ系の財閥。ドイツ語読みで「ロートシルト」と呼び習わすこともある(赤い盾の意味)。
 初代のマイヤー・アムシェル(1743-1812年)がフランクフルト・アム・マインで開いた古銭商・両替商に端を発し、ヘッセン選帝侯との結びつきで経営の基礎を築いた。ヨーロッパに支店網を築き、彼の5人の息子がフランクフルト・ロンドン・パリ・ウィーン・ナポリの各支店を担当、相互に助け合いながら現在のロスチャイルドの基盤を築いた。

 ロンドンのロスチャイルドは、政府にスエズ運河買収の資金を提供したり、第1次世界大戦の際にユダヤ人国家の建国を約束させる(後のイスラエル建国につながる)など、政治にも多大な影響力を持った。
 日本が日露戦争を行う際、膨大な戦費をまかなうため外貨建て国債を発行したが、日本の国力に疑問を持つ向きが多かった。そうした中で、ニューヨークの銀行家でユダヤ人のジェイコブ・シフが支援を申し出たため、外債募集に成功した。シフの働きはロンドンのロスチャイルド家の意向を受けてのものであった。その一方では、ロシアの石油開発にも巨額の投資を行っていたが、ロシア革命が起こると撤退を余儀なくされた。

 第二次世界大戦後、その勢力は衰え、かつてほどの影響力は失ったとされるが、金融をはじめ石油、鉱業、マスコミ、軍需産業など多くの企業を傘下に置いている。
(ウィキペディア Wikipedia)

「イスラエルとロスチャイルドの百年戦争」
 私は最近「ロスチャイルドは本当にイスラエル建国を支持していたのだろうか」という疑問を抱くようになった。ロスチャイルド家に限らず、欧州諸国の政府に資金を貸し、金融などの政策立案まで担当していたユダヤ資本家の多くは、自らの存在を曖昧にし、黒幕として存在し続けることに、意義を見出していた。

 それは、ユダヤ人差別への対応策という意味もさることながら、それ以上の理由がある。戦争が起こりそうになったら、敵同士である双方に金を貸したり政策を出したりして、どっちが勝っても儲かるようにするとか、一つの国の産業革命に投資して大儲けできたら、他の国でも産業革命を誘発し、そちらにも投資して儲けを増やすなど、一つの国に対してのみ忠誠を尽くすのではなく、国際的に動くことで儲けるのが、伝統的なユダヤ商人の作法としてよく見られる。

 これに対してシオニズムは、自分がユダヤ人であることを明言し、自覚し、イスラエルを建国し、そこに結集しよう、という主旨の大衆運動である。黒幕に徹して儲けてきた少数精鋭のユダヤ商人のやり方とは正反対である。バルフォア宣言当時のイギリスでは、ユダヤ人有力者の多く(キリスト教徒に改宗した人を含む)は、黒幕系であるがゆえに、シオニズムに反対だった。
(田中宇の国際ニュース解説)

「2種類の系統」
 欧州のユダヤ人には、大別すると2種類の系統が存在する。一つは、16世紀のスペイン帝国の勃興に貢献した後、オランダ、イギリスへと覇権が移動するとともに、これらの覇権国に移住し、欧州各国政府の金庫番や知恵袋として機能した「スファラディ(スペイン系)」(もしくは、そこからキリスト教徒に改宗した人々)と呼ばれる商人勢力で、彼らは人口としては数万人から10数万人しかいない。これが黒幕系である。

 もう一つは、8世紀に今のウクライナ周辺にあった「ハザール汗国」がユダヤ教を国教にした関係で、ユダヤ教徒となった人々の末裔で「アシュケナジ(ドイツ系)」と呼ばれ、1000万人かそれ以上の人口があり、ほとんどは貧しい農民で、ロシア革命前までロシアからウクライナにかけて住んでいた。

 シオニズムは、最初に考えたのは西欧のスファラディ系の知識人だったが、それを支持した人の多くは東欧の貧しいアシュケナジ系だった。シオニズムは、パレスチナにイスラエルを建国する運動へと発展する中で、貧しいが数の多いアシュケナジ系の大衆が、ユダヤ人としての意識に目覚め、少数派の金持ちであるスファラディ系の黒幕的なあり方を批判する、という色彩をとった。シオニズムは、ユダヤ人社会の中での「革命運動」であった。
(田中宇の国際ニュース解説)

「ユダヤ人の90%はタタール系ハザール人だった」
 1992年に出版された『湾岸報道に偽りあり』木村愛二著(汐文社)という本がある。この中でハザールに関する記述がある・・・(中略)
 ・・・世界中の「ユダヤ人」の約90%は血統的に見ると、もともと、かつてのユダヤ王国起源、つまり、「モーゼに率いられてエジプトを出たユダヤの民」の末裔ではないのだ。大部分は、ユダヤ教に国ごと改宗したタタール系民族で、南ロシアに7世紀から10世紀にかけて周辺諸民族を帝国支配下に置いていたハザール(英語で「Khazar」、カザールとも記す)王国起源なのである。(「ヘブライの館」より)
※このことから「パレスチナは我々の故郷だ」というイスラエル建国の主張は根拠がないといわれる。


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