原発と原爆



 東京電力福島第一原子力発電所では、大規模な炉心溶融を伴う最悪の原子力事故が、いまだ続いています。なかでも、原子炉建屋が、爆発によって吹き飛ぶ映像は世界を震憾させました。原子炉が、原子爆弾のように核爆発したと思った人も多いのではないでしょうか。そもそも原発と原爆はどこが違うのでしょう?

 原発では、中性子という「粒」をウランなどの核燃料にぶつけ、「核物質が割れる(核分裂)」時に出す熱エネルギーを利用して発電します。ウランは、燃料になる235とならない238の2種類に大別できます。原発の燃料(ペレット)にウラン235は3〜5%しか含まれていません。

 中性子がウラン235にぶつかるとウランが割れ、セシウムなどの核分裂生成物が出ます。同時に2〜3個の中性子も放出され、これが他のウラン235にぶつかることで再び核分裂を誘発し、連鎖反応が起きます。こうした連鎖反応が安定して続く状態を「臨界」と呼びます。ウラン235は、速度の遅い中性子のほうが反応しやすいので、原子炉内にある水によって中性子が減速されるように工夫されています。

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 原爆は、広島型(ウラン)と長崎型(プルトニウム)に大別でき、ここでは広島型で考えます。
 兵器に使うにはウラン235の割合が原則90%以上と、原発の燃料と比べて、ずっと高濃縮にされています。
 高濃縮ウランは、一定量(臨界量)を超える状態で、引き金となる中性子が当たると、連鎖反応を起こして核爆発します。そのため、広島型原爆のウランは運搬時などに連鎖反応を起こさないように二つの固まりに分けて筒の中に収容されています。

 核爆発させる時は、爆薬に火をつけて、その勢いで片方の固まりをもう片方の固まりにぶつけて、核分裂連鎖反応を起こす「臨界質量」を超えた固まりにします。同時に中性子を当てて核爆発を誘発します。山田克哉著「核兵器のしくみ」(講談社現代新書)によると、1億分の1秒という瞬時に「1兆×1兆×10」回の核分裂連鎖反応が起こり、1千万度まで達します。原爆に必要なウラン235の量は、濃縮度や設計次第ですが、5〜15キロだそうです。

 エネルギーを放出したあとも原発と原爆では異なります。
 原発では、頑丈な原子炉容器の中で核分裂反応を起こさせるので、生成される放射性のセシウムやヨウ素といった有害物質は、本来は、外に漏れ出ない設計となっています。
 一方、原爆は、大気中で爆発され、強力な爆風と熱で人や物を焼き尽くしたり破壊したりするだけでなく、有害な放射性物質を周囲にばらまき環境を汚染します。

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 では、福島第一原発で相次いで起きた爆発は、原爆の核爆発とは異なるのでしょうか。
 福島第一原発で相次いだ原子炉建屋の爆発の詳しい原因究明はまだですが、原子炉などで発生した水素が建屋内に充満し、何かのきっかけで水素に火がついて爆発したと考えられています。

 原発の設計にかかわった経験のあるエネルギー総合工学研究所参事の楠野貞夫さんによると、原発の核燃料はウラン235の濃度が低く、原子炉の制御の仕組みや構造も踏まえると、局所的な臨界はあっても、原爆のような核爆発は原理的に起こせないといいます。
 福島では、建屋の爆発や、原子炉を冷やすために注ぎ込まれた水の漏水などによって、放射性物質が周辺へと拡散したのが最大の問題なのです。これはテロリストが使うとしていままで警戒されてきた「汚い爆弾」が使われた状態、つまり無差別に放射性物質がばらまかれた状態に近いといえます。



(朝日新聞 2011-6-4)



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